2026.2.5
• 膵臓がん細胞を1個ずつ分けて培養し、細胞の増え方を詳しく観察した。
• 膵臓がん細胞の挙動は、増えないもの、2個に分裂するもの、3個以上に増えるものなど多様であった。
• 一部の膵臓がん細胞は、足場がなく培養液中に浮遊した環境でも増殖できる性質を示した。
• 1個の細胞から同時に3個に増える通常とは異なる分裂様式が確認された。
• これらの性質は、膵臓がんの進行しやすさや治療の難しさと関係する可能性がある。
東京都健康長寿医療センター研究所 老年病理学研究チームの志智 優樹(しち ゆうき)研究員、石渡 俊行(いしわた としゆき)研究部長らは、日本医科大学消化器外科の進士 誠一(しんじ せいいち)准教授らと共同で、膵管腺癌(膵臓がん)細胞を1細胞ずつ培養・追跡する単一細胞解析法を用いて、がん細胞の足場非依存性増殖能*に大きな違いがあることを明らかにしました。
本研究では、
• 膵臓がん細胞を1個ずつ非接着性マイクロウェルに分離
• 60時間 (15分毎) のタイムラプス撮影により、各細胞の分裂挙動を直接観察
• 細胞が
◦分裂しない
◦2個に分裂する
◦3個以上に増える
という異なる増殖パターンを示すことを確認しました。特に、間葉系の膵臓がん細胞では、1個の細胞が3個に増える非標準的な分裂様式が上皮系の膵臓がん細胞に比べて高頻度に観察され、高い悪性形質を反映している可能性が示されました。
本研究成果は、英国 BioMed Central(現 Springer Nature)社のオープンアクセス誌BMC Research Notesにオンライン掲載されました(2026年 1月 26日付)。
膵臓がんは極めて予後不良ながんであり、その治療困難性の背景には
**がん細胞集団内の多様性(ヘテロジェネイティ)**が存在します。
従来の解析は多数の細胞をまとめて評価する手法が中心で、「1個のがん細胞が、どのように振る舞うのか」という点は十分に解明されていませんでした。
本研究では、単一細胞レベルでの足場非依存性増殖能に注目し、膵臓がん細胞の本質的な性質を明らかにすることを目的としました。
本研究では非接着性マイクロウェルを持つ、細胞捕捉デバイスSIEVEWELLを用いて膵管腺癌細胞を1細胞ずつ分離培養し、約60時間にわたるタイムラプス撮影によって、各細胞の増殖挙動を直接観察しました。その結果、膵臓がん細胞は単一細胞レベルで多様な増殖様式を示し、
• 分裂せずに停止する細胞
• 通常の対称分裂により 2個に増える細胞
• 1個の細胞から3個以上に増加する細胞
が存在することが明らかになりました(図1、図2)。
特に、KP-4 や MIA PaCa-2 に代表される間葉系タイプの膵臓がん細胞株では、接着を伴わない環境下でも増殖可能な細胞の割合が高く、1個の細胞が3個に増える非標準的な分裂挙動が有意に多く観察されました。
※本研究で観察された「1個から3個への増加」は、1個→2個→3個と段階的に分裂した結果ではなく、1回の分裂イベントから同時に3つの細胞が生じる挙動であり、通常の対称分裂とは異なる非標準的な分裂様式を反映しています。
このような分裂挙動は、がん細胞のテロメア短縮による染色体の不安定性、中心体異常や分裂制御破綻と関連する可能性があり、高い悪性度、がん幹細胞性、治療抵抗性や再発・転移能と結びつく生物学的基盤を示唆する重要な所見です。
本研究により、
• 膵臓がんの悪性度は、単一細胞レベルですでに規定されていること
• 間葉系膵臓がん細胞が、接着しない環境でも高い増殖能を有すること
• 一部の細胞が示す3個に増える特異な分裂様式が、膵臓がんの難治性・再発・転移に関与する可能性
が明らかになりました。
本手法は、膵臓がんの多様性理解のみならず、新たな治療標的探索や薬剤感受性評価にも応用が期待されます。
雑誌名:BMC Research Notes, 2026 Jan 24. Epub ahead of print.
論文名:Single-cell analysis of anchorage-independent growth ability in pancreatic ductal adenocarcinoma cell lines
著者:志智 優樹1†、進士 誠一1, 2†、藤原 正和1、小川祐太郎2、吉村祐亮2、野中敬介1、吉田 寛2、石渡俊行1*
1. 東京都健康長寿医療センター 研究所 老年病理学研究チーム 高齢者がん研究
2. 日本医科大学 消化器外科
†共同筆頭著者 *責任著者
DOI: 10.1186/s13104-026-07670-4
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(基盤研究C:21K08744、22K08835、22K08882、24K11881、25K12018)の支援を受けて実施されました。
*足場非依存性増殖能
細胞が周囲の組織などにくっつく「足場」がなくても、生き続けて増えることができる性質。
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