2026.2.24
▶︎高齢者医療の主導的役割を担う医療機関においても、ACPの理解にはばらつきがある。
▶︎「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)とは、積極的な治療を控える結論に至った話し合い」、と理解している医療者が4割を占めた。
▶︎倫理的な概念に関する知識が豊富なほど、患者の人権を尊重した意思決定支援が行われる。
▶︎本研究で明らかになった課題は、わが国全体で共有されうる課題である。
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)は、患者の意思を尊重した医療やケアを実現するための取り組みとして、国の政策としても推進されています。ですが、医療現場で意思決定支援に関わる医療従事者が、ACPをどのように理解しているかについては、十分に明らかになっていませんでした。
本研究では、高齢者医療の分野で国際的にも評価を受けている医療機関において、医療従事者を対象に、意思決定に関する法的枠組みやACPの背景にある倫理的概念の理解、ならびに臨床事例への対応を調査しました。
その結果、ACPの捉え方にはばらつきがみられ、倫理的概念に関する知識が、患者の人権を意識した意思決定支援と関連していることが示されました。本研究は、ACPを適切に推進するために必要な共通理解のあり方を考える手がかりを提示するものです。
2024年の診療報酬改定により、入院料通則に「人生の最終段階における適切な意思決定支援の推進」が新たに盛り込まれました。意思決定支援に関する施設方針を策定していない病院は基本入院料の対象外となることから、現在、各医療機関でACPを念頭においた意思決定ガイドラインの整備が進められています。
ACPは、将来、本人が意思決定を行うことが難しくなった場合に備え、医療やケアに関する希望について、本人を中心に家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合うプロセスです。しかし国際的には、ACPが蘇生措置不要(Do-Not-Attempt-Resuscitation;DNAR)の意思表明を得ることと同一視されるなど、その理解をめぐる混乱が指摘されています。
わが国においても、医療従事者がACPをどのように理解しているのか、また、その理解が実際の意思決定支援にどのように影響しているのかについては、十分に検討されてきませんでした。
そこで本研究では、医療従事者を対象に、(1)意思決定に関する法的枠組みや倫理的概念に関する知識を測定し、(2)架空事例を用いて、わが国の臨床現場における「患者の人権の尊重」がどのように実践されているかを検証すること、(3)患者の人権が尊重される意思決定支援に関連する要因を明らかにすることを目的とした、アンケート調査を実施しました。
本研究では、医療従事者の間で、ACPの捉え方に一定のばらつきがみられ、その背景として、法制度や倫理的概念に関する理解の差が関係している可能性が示唆されました。
・わが国の高齢者医療をリードし、国際的にも評価を受けている都内の大規模総合病院に勤務する医療従事者749人を対象に、アンケート調査を実施しました。回答率は73.3%で、回答者の8割以上が、受け持ち患者の看取りを経験していました。
・医療上の意思決定に関する法的枠組み(医療同意権)について、「家族による医療同意(代諾)は法律で認められている」と理解している回答者が86%にのぼり、医療現場での慣行と法制度との関係が、必ずしも十分に共有されていない状況がうかがわれました。
・ACPについて、たとえば日本老年医学会は「将来の医療・ケアについて、本人を人として尊重した意思決定の実現を支援するプロセス」と定義しています。しかし本調査では、「将来の備え」ではなく、「現在の治療方針」の決定をACPとする理解が、広くみられました。また、回答者の約4割は、ACPを「積極的な治療を控える結論に至った話し合い」と理解していました。
・一方、架空事例を用いたシナリオ調査では、患者本人の意思を尊重しようとする姿勢が広く確認されました。統計学的分析の結果、患者の人権をより重視した意思決定支援には、倫理的概念に関する知識が関係していることが示されました。
高齢者医療の最前線で得られた知見は、今後、他の医療機関においてACPを適切に推進する上でも重要な示唆を与えるものです。本研究により、医療従事者の間で、意思決定支援に関わる法的・倫理的概念の理解には一定の幅があることが明らかになりました。ACPが推奨される中で、その趣旨や背景が十分に共有されないまま形式的に運用されれば、認知症のある患者や、重い病気を抱え話し合いへの参加が難しいと判断されがちな患者では、人権が十分に尊重されないリスクがあります。
認知機能等の状態にかかわらず、患者の人権が等しく尊重される意思決定支援を実現するためには、医療従事者がACPを含む医療上の意思決定に関する基本的な概念を共通理解として持つことが重要です。その上で、実践に即したガイドラインや教育の充実が求められます。
本研究は、医療従事者の努力や姿勢を批判する意図はありません。本研究で示された架空事例への対応からは、医療従事者が患者の人権を尊重しようとする姿勢が広く共有されていることがうかがえます。医療方針の選択が困難な場面では、多職種による話し合いを支える知識的基盤が求められます。本研究は、そのような知識的基盤の重要性を定量的に示し、よりよい医療を実現するための一つの方策を提案するものです。
国の政策としてACP推進が進む今、本研究は、ACPを単なる手続きとしてではなく、患者中心の医療を支える基盤として捉え直すための示唆を与えるものと考えます。
Ito K, Tsuda S, Shimizu K, Iwakiri R, Nakajima G, Hida A, et al. Advance care planning in Japan: Gaps between policy, ethical understanding, and its translation into clinical practice. Palliat Care Soc Pract.
2026;20:26323524251413285, DOI 10.1177/26323524251413285.
「アドバンス・ケア・プランニング」(Advance Care Planning:ACP)
もしものときのために、本人が望む医療やケアについて前もって考え、家族や医療・ケアチームなどと繰り返し話し合い、共有する取り組みのこと。
(厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/web_magazine/closeup/23.html )
「医療同意権」
自らに行われる医療行為を決定する権利。現行の日本の法律は医療に関する代諾権を規定しておらず、従って医療同意権は患者本人のみが行使できる権利(一身専属権)である。
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