<プレスリリース>"病態が血液に現れる" ALS患者の血液から異常タンパク質を同定 ―検査法の開発と疾患メカニズムの理解に前進―

2026.3.24

 慶應義塾大学再生医療リサーチセンターの髙橋 航来(慶應義塾大学医学部4年生)、加藤 玖里純(慶應義塾大学医学部6年生)、岡野 栄之センター長、森本 悟副センター長、ならびに公益財団法人がん研究会がんプレシジョン医療研究センター分析生化学研究部の植田幸嗣部長らの共同研究グループは、孤発性筋萎縮性側索硬化症(ALS:注1、2)患者の血清中に含まれる細胞外小胞(注3)に、遺伝子発現中のスプライシングに異常が生じていることを示すアミノ酸配列(隠れペプチド(cryptic peptide):注4)を含むタンパク質が存在することを発見しました。
 本研究では、ALSに特徴的な病態であるTDP-43タンパク質(注5)の細胞核からの喪失に伴うスプライシング異常に着目し、スプライシング異常により生じる隠れペプチドの情報を用いることで、健常者とALS患者を識別できることを明らかにしました。特に、隠れペプチドが挿入されたIGLON5タンパク質が、健常者では検出されない一方で、ALS患者では半数で検出されることを示しました。
 この隠れペプチドは、ALSにおけるTDP-43機能異常を反映するものと考えられ、病態依存的なバイオマーカーとしての有用性が期待されます。本研究成果は、ALSの診断に寄与する血液バイオマーカーの開発に貢献するとともに、ALSにおける異常ペプチドの病態生理の理解に重要と考えられます。
 本研究成果は、2026年1月29日に、日本炎症・再生医学会の公式国際誌Inflammation and Regeneration誌に掲載されました。

1.本研究のポイント

・遺伝子発現の過程におけるスプライシングの異常により、正常な配列の中に通常見られないアミノ酸配列(隠れペプチド)が挿入され、血液中にも出現することがわかりました。
・ALSは運動神経細胞におけるスプライシング異常を特徴とする疾患であり、血液中の隠れペプチドの存在により、健常者とALS患者を血液検査により識別できることがわかりました。
・特に、神経細胞に見られるIGLON5タンパク質に挿入される隠れペプチドは、ALSの病態を特徴づける上で重要である可能性があります。
・隠れペプチドに関する今回の発見は、ALSの診断と病態研究の両面に寄与することが期待されます。

2.研究背景

 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis; ALS)は、運動ニューロンの変性・脱落を特徴とする神経変性疾患であり、生涯に約400人に1人の方が発症すると考えられています。ALSは診断から2-5年で死亡にいたることも多い一方で、発症から診断まで平均して1年程度を要するとする研究もあり、早期診断のための検査法の開発が求められています。
 ALSで特徴的な病態として、運動ニューロンの核内のTDP-43が核外に漏出し、蓄積することが知られています。TDP-43は、DNAから転写されるmRNA前駆体に結合してmRNAの完成に必要なスプライシングを補助する役割があります。スプライシングとは、mRNA前駆体から、タンパク質合成に不要な領域(イントロン)を切り取り、必要な領域(エクソン)をつなぎ合わせて成熟したmRNAを作る核内でのRNA編集プロセスのことです。ALSでは、TDP-43が核内から喪失することでスプライシング制御が破綻し、イントロンの一部の領域が切り取られずに成熟mRNAに残る現象が生じます。これは隠れエクソン(cryptic exon)の挿入と呼ばれています。しかし、隠れエクソン挿入は主に細胞核内で生じるスプライシング異常に起因する現象であり、TDP-43に関連したスプライシング異常を臨床検体から直接検出することは困難です。一方で、mRNAが翻訳されて生じるタンパク質は細胞質に存在し、細胞が放出する血清細胞外小胞を介して血液に運ばれるため、血液検体からその内容を調べることができます。正常な組織もストレス下で隠れエクソンの挿入を生じることがあるため、全ての隠れペプチドがALS患者の運動神経におけるスプライシング異常を特異的に反映するとは限りませんが、隠れペプチドが一般にALS患者においてより検出されやすいこと、その中の一部はALS患者の運動神経におけるスプライシング異常に対して特異性が高いことが考えられます。
 そこで本研究では、隠れエクソンが翻訳されることでタンパク質中に挿入される異常なアミノ酸配列である「隠れペプチド」を含むタンパク質が、孤発性ALS患者の血清細胞外小胞に含まれるという仮説を検証しました。さらに、血清細胞外小胞に含まれる隠れペプチドが、ALSの診断に有用なバイオマーカーとなり得るかを検討するため、健常者とALS患者の識別能を検証しました。


図1. 本研究の概要図

3.研究内容・成果

 本研究では、ALS患者20名と健常者10名を対象に、血清細胞外小胞のプロテオミクス解析を実施しました。ALS患者は、本研究グループが実施したROPALS試験(Morimoto et al., 2023)において募集されました。血清細胞外小胞中のタンパク質全体からTDP-43機能異常によって生じる隠れペプチドを絞り込むため、既に報告されている人工多能性幹細胞(注6)由来脊髄運動ニューロン(注7)におけるTDP-43発現減少実験のデータ(Klim et al., 2019)を活用しました。実験で、TDP-43の発現減少によって隠れエクソン挿入が発生した遺伝子を抽出し、各遺伝子について、隠れエクソンが翻訳された場合に予想されるアミノ酸配列を隠れペプチド配列の候補としました。各検体中において、血清細胞外小胞中の隠れペプチド配列の有無を解析しましたその結果、ALS患者の中で4種類の隠れペプチド配列が検出されました。健常者でも検出される隠れペプチド配列もあった一方で、IGLON5タンパク質内に挿入される隠れペプチドはALS患者でのみ検出されました。また、少なくとも1名の被験者において検出された4種類の隠れペプチドのうち、各被験者において検出された隠れペプチドの種類は、ALS患者で健常者よりも有意に多く、健常者とALS患者を高精度に識別することが可能であることも明らかになりました(曲線下面積:(AUC)= 0.82)。

4.今後の展開

 本研究成果は、ALSにおける血液検査の開発と、疾患メカニズムの理解の進展を通じて、ALSの臨床に資する可能性があります。TDP-43機能異常は運動神経疾患の中ではALSに特異性が高いため、TDP-43機能異常を検出するバイオマーカーの開発は、ALSの診断を補助することが期待されています。本研究はTDP-43機能異常に由来するペプチドを血液中で検出することがALSの診断に有用である可能性を示すものですが、臨床的に応用されるためには、他の運動神経疾患との識別能の検証や、他のバイオマーカーとの組み合わせにおける有用性などを、引き続き研究する必要があります。また、本研究では検出される隠れペプチドの種類を数えましたが、今後はより高感度なプロテオミクスによる隠れペプチドの定量的分析と、機械学習手法などを組み合わせることにより、バイオマーカーとしての臨床応用に向けた改善も期待されます。
 また、ALSのメカニズムの理解という点では、隠れペプチドの役割を今後研究することが重要です。隠れエクソン配列を持つmRNAは、多くの場合適切に翻訳されずに分解されることが知られており (Sinha et al., 2025)、TDP-43機能異常によるスプライシング異常については、mRNA分解による遺伝子発現低下の影響に関する研究がこれまで進んでいました(Klim et al., 2019ほか)。本研究は、それに加えて、翻訳を受けて生じる隠れペプチドもALS患者の多くに見られることを示しており、今後はALSのメカニズムの中での隠れペプチドの役割についても研究する必要があります。その一例として、隠れペプチドは免疫細胞にとって非自己と認識され、自己免疫反応を惹起する可能性があること(Chizari et al., 2025)がわかってきています。

5.特記事項

 本研究は、研究実施にあたり、以下の助成を受けて実施しました。JSPS 科研費 JP21H05278, JP22K15736, JP25H00007、日本医療研究開発機構(AMED)再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム「筋萎縮性側索硬化症における病態回避機構の解明と治療に資する層別化技術開発」、再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム「革新的RNA編集技術を用いた筋萎縮性側索硬化症の遺伝子治療開発」、ゲノム創薬基盤推進研究事業「RNA標的医薬創出に資する、疾患RNA分子完全長一次構造に関するデータ基盤の構築」、難治性疾患実用化研究事業「近位筋優位遺伝性運動感覚ニューロパチー(HMSN-P)患者レジストリを活用したエビデンス創出研究」、脳とこころの研究推進プログラム「孤発性筋萎縮性側索硬化症の双方向トランスレーショナル研究による病態介入標的の同定と核酸医薬の開発研究」、再生医療実現拠点ネットワークプログラム「神経疾患特異的iPS細胞を活用した病態解明と新規治療法の創出を目指した研究」、難治性疾患実用化研究事業「患者レジストリを活用した沖縄型神経原性筋萎縮症のエビデンス創出研究」、脳神経科学統合プログラム「孤発性筋萎縮性側索硬化症の病態介入治療標的同定と創薬シーズ開発:大規模臨床ゲノム情報と患者由来iPS細胞/運動ニューロンの統合解析を介して」、UBE学術振興財団、公益信託加藤記念難病研究助成基金、公益財団法人難病医学研究財団、稲盛財団、ならびに神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)。なお、NCNPバイオバンクは、AMEDの助成(GAPFREE4:21ak0101151h0002)および国立精神・神経医療研究センター(NCNP)の神経・精神疾患に関する院内研究費(Intramural Research Grant(3-1)の一部支援を受けています。

参考文献

Klim, J. R., Williams, L. A., Limone, F., Guerra San Juan, I., Davis-Dusenbery, B. N., Mordes, D. A., Burberry, A., Steinbaugh, M. J., Gamage, K. K., Kirchner, R., Moccia, R., Cassel, S. H., Chen, K., Wainger, B. J., Woolf, C. J., & Eggan, K. (2019). ALS-implicated protein TDP-43 sustains levels of STMN2, a mediator of motor neuron growth and repair. Nature neuroscience, 22(2), 167-179. https://doi.org/10.1038/s41593-018-0300-4

Morimoto, S., Takahashi, S., Ito, D., Daté, Y., Okada, K., Kato, C., Nakamura, S., Ozawa, F., Chyi, C. M., Nishiyama, A., Suzuki, N., Fujimori, K., Kondo, T., Takao, M., Hirai, M., Kabe, Y., Suematsu, M., Jinzaki, M., Aoki, M., Fujiki, Y., ... Okano, H. (2023). Phase 1/2a clinical trial in ALS with ropinirole, a drug candidate identified by iPSC drug discovery. Cell stem cell, 30(6), 766-780.e9.

Sinha, I. R., Ye, Y., Li, Y., Sandal, P. S., Wong, P. C., Sun, S., & Ling, J. P. (2025). Inhibition of nonsense-mediated decay in TDP-43 deficient neurons reveals novel cryptic exons. bioRxiv : the preprint server for biology, 2025.06.28.661837.

Chizari, S., Zanovello, M., Kong, S., Saigal, V., Brown, A. L., Turchetti, V., Zampedri, L., Skorupinska, I., Minicuci, G. M., Paron, F., Tonin, P., Marchetto, G., Li, Z., Colón-Mercado, J. M., Dattilo, D., Barattucci, S., Gatt, A., Qi, A., Hanna, M., Ward, M., ... Jiang, N. (2025). TDP-43 pathology induces CD8+ T cell activation through cryptic epitope recognition. bioRxiv : the preprint server for biology, 2025.06.22.660773.

原論文情報

英文タイトル:Diagnostic potential of cryptic exon-derived peptides in serum extracellular vesicles for sporadic amyotrophic lateral sclerosis
タイトル和訳:血清細胞外小胞中の隠れエクソン由来のペプチドによる孤発性筋萎縮性側索硬化症(ALS)の診断の可能性
著者名:Koki Takahashi(高橋 航来) 1#、Chris Kato(加藤 玖里純)1,2#、Koji Ueda(植田幸嗣)3、Shiho Nakamura(中村 志穂)1,2、Fumiko Ozawa(小澤 史子)1,2、Nobuko Moritoki(盛一 伸子)4、Shinsuke Shibata(芝田 晋介)4,5、Shinichi Takahashi(髙橋 愼一)1,6、Satoru Morimoto(森本 悟)1,2†、Hideyuki Okano(岡野 栄之)1,2,†

#Co-first author(共同筆頭著者)
†Co-corresponding author(共同責任著者)
1 Keio University Regenerative Medicine Research Center, Kanagawa, Japan.(慶應義塾大学再生医療リサーチセンター)
2 Division of Neurodegenerative Disease Research, Tokyo Metropolitan Institute for Geriatrics and Gerontology, Tokyo, Japan.(東京都健康長寿医療センター研究所 神経変性疾患研究)
3 Cancer Proteomics Group, Cancer Precision Medicine Center, Japanese Foundation for Cancer Research, Tokyo, Japan.(公益財団法人がん研究会がんプレシジョン医療研究センター 分析生化学研究部)
4 Electron Microscope Laboratory, Keio University School of Medicine, Tokyo, Japan.(慶應義塾大学医学部電子顕微鏡研究室)
5 Division of Microscopic Anatomy, Graduate School of Medical and Dental Sciences, Niigata University, Niigata, Japan.(新潟大学大学院医歯学総合研究科組織学分野・医学部顕微解剖学教室)
6 Department of Neurology and Cerebrovascular Medicine, Saitama Medical University International Medical Center, Saitama, Japan.(埼玉医科大学国際医療センター脳神経内科・脳卒中内科)

掲載雑誌:Inflammation and Regeneration
DOI:10.1186/s41232-026-00404-w

用語説明

(注1)筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS):運動ニューロンの変性・脱落を特徴とする神経変性疾患で、全身の筋力低下を主症状とする。呼吸筋を含めた筋力低下を引き起こすため、未治療では2-5年で呼吸障害により死亡する。
(注2)孤発性ALS:ALS患者の90%は孤発性、すなわち家族歴を持たずに発症し、孤発性ALSと呼ばれている。
(注3)細胞外小胞:細胞が自らの内容物の一部を包み込んで細胞外へ放出する微小な膜小胞。小胞内にはタンパク質やRNAなどの分子情報が含まれており、血液などの体液中を循環して細胞間の情報伝達に関与すると考えられている。このような特性から、細胞外小胞は体内の細胞状態や疾患に伴う分子変化を反映する"情報の運び手"として注目されており、近年では血液から病態を捉える新たなバイオマーカー源として研究が進められている。
(注4)隠れペプチド(cryptic peptide):本来はイントロンとして除去されるべきRNA配列が、スプライシング制御の破綻により誤ってエクソンとしてmRNAに組み込まれる現象である(隠れエクソン(cryptic exon)挿入)に起因して翻訳される、生理的には存在しない異常なアミノ酸配列を指す。通常、スプライシングは5'および3'スプライス部位などの正規配列を認識して行われ、イントロン内に存在する「偽のスプライス部位」はTDP-43などのRNA結合タンパク質によって抑制されているが、ALSではTDP-43が核から失われると抑制が解除され、隠れエクソンがmRNAに挿入される。これにより新規翻訳領域が生じ、隠れエクソンが翻訳されることによって隠れペプチドが生成される。
(注5)TDP-43:TAR DNA-binding protein 43の略で、TARDBP遺伝子にコードされるRNA結合タンパク質である。主に細胞の核内に局在し、pre-mRNAのスプライシング、mRNAの安定性、輸送、翻訳制御などに関与する。特にイントロン領域に結合して偽のスプライス部位の利用を抑制することで、隠れエクソン(cryptic exon)の挿入を防ぐ役割を担っている。ALS患者の運動ニューロンでは、TDP-43が核から喪失し細胞質に異常蓄積することが病理学的特徴として知られており、この核内機能喪失によりスプライシング制御が破綻し、隠れエクソン挿入およびそれに由来する隠れペプチドの産生が引き起こされると考えられている。
(注6)人工多能性幹細胞(iPS細胞:iPSC):体を構成する細胞(体細胞)に、特定の遺伝子を導入することによって作出される人工的な細胞。ほぼ全ての細胞種への分化能(多能性)と、無限増殖能(幹細胞性)を保持している。
(注7)脊髄運動ニューロン(lower motor neuron:LMN):ヒトが運動する際、脳からの司令が上位運動ニューロン、次いで脊髄(下位)運動ニューロンに伝達され、筋肉まで伝わる。脊髄(下位)運動ニューロンは、脊髄に位置している。


プレス概要

※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。

・研究内容についてのお問い合わせ先
慶應義塾大学再生医療リサーチセンター センター長 岡野 栄之(おかの ひでゆき)
TEL:044-276-2388  FAX:044-276-2388 E-mail:hidokano@a2.keio.jp

・本リリースの配信元

慶應義塾広報室
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