地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター(以下「東京都健康長寿医療センター」という。)の
栗原正典 脳神経内科 医員/認知症未来社会創造センター (IRIDE) バイオマーカー部門担当
齊藤祐子 神経病理学研究チーム・高齢者ブレインバンク 研究部長
高齢者バイオリソースセンター 部長/IRIDE ブレインバンク部門 部門長
村山繁雄 神経病理学研究チーム・高齢者ブレインバンク 常勤特任研究員
豊田雅士 加齢変容研究チーム 研究副部長
らは、理化学研究所(理研)開拓研究所・渡邉分子生理学研究室の安藤 潤 研究員、渡邉 力也 主任研究員らとの共同研究成果について発表しました。
この度、理化学研究所(理研)において血液・脳脊髄液 (注1) などのヒトの体液中の酵素をこれまでよりも高感度に詳しく測定可能な「1分子デジタルSERS計数法」が開発されました (詳細は理化学研究所(理研)からのプレスリリースをご参照ください ●https://www.riken.jp/press/2025/20250902_1/index.html)。
また、東京都健康長寿医療センターで保管された患者さんの脳脊髄液検体を用いた実証実験により、この新たな技術をもちいて測定した脳脊髄液中のアセチルコリンエステラーゼという酵素の働きが血管性に認知機能が低下 (注2) した患者さんにおいて、アルツハイマー病やアルツハイマー病・血管性以外の原因による軽度認知障害 (注3) の患者さんと比べて低下していることが明らかになりました。
本成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』オンライン版(9月1日付:日本時間9月2日)に掲載されます。
認知症には様々な原因があり血管性はアルツハイマー病・レビー小体病と並び認知症の3大原因の1つです。アルツハイマー病は脳脊髄液バイオマーカー (注4) などを用いて正確な診断が可能となり新たな治療法の実用化にもつながりましたが、血管性には未だ正確な診断・評価に役立つバイオマーカーが見つかっていませんでした。
今回開発された1分子デジタルSERS計数法は酵素を高感度、かつ高い識別能で複数種を同時に検査する事が可能であり、今後、本技術は認知症などの正確な診断・評価に有用な技術となることが期待されます。
<タイトル> Digital SERS bioanalysis of single enzyme biomarkers
<著者名> Jun Ando, Kazue Murai, Tomoe Michiyuki, Ikuko Takahashi, Tatsuya Iida, Yasushi Kogo, Masashi Toyoda, Yuko Saito, Shigeo Murayama, Masanori Kurihara, and Rikiya Watanabe
<雑誌> Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
【問い合わせ先】 ○本成果の臨床的意義や認知症バイオマーカー全般について |
注1) 脳脊髄液 (のうせきずいえき)
脳脊髄液とは脳や脊髄のまわりにある無色透明の液体です。検査をする際には神経が最も少ない腰から細い針を刺して液体を採取します。脳は直接とって調べることが難しい臓器ですが、この脳と直接接している脳脊髄液を調べることで脳神経系の状態を把握するのに役立ちます。
注2) 血管性 (けっかんせい) に認知機能が低下
脳梗塞や脳出血により認知機能の低下が続く状態で、手足が動かなくなるなど明らかな脳梗塞の症状を認めた後から症状がでるほかに、小さな脳梗塞などが気付かないうちに徐々に増えて認知機能の低下として気付かれることもあります。脳のMRIなどの画像検査でこうした古い脳梗塞の跡などがあるかどうかを調べることができますが、こうした跡は特に症状がない高齢者でもMRIを撮ってみると頻繁に見られることから診断は一筋縄ではいきません。
アルツハイマー病などの他の原因によって認知機能が低下した人でもMRIでの上記異常は頻繁にみられることから、現在の医療では症状・経過や脳脊髄液バイオマーカーなどを用いた他の原因の除外により診断しており、正確な早期診断が難しいことがあります。認知機能が正常の状態から軽度認知障害の状態を経て血管性認知症の状態に進行しうることから、早期発見・診断と進行予防が重要です。
注3) 軽度認知障害 (けいどにんちしょうがい)
認知症の前段階で認知機能低下の自覚があり検査等でも客観的な異常があるが、日常生活に目立った支障のない状態。認知症と同様に原因は様々でアルツハイマー病、レビー小体病、血管性などの他にも様々な原因がある。
注4) 脳脊髄液バイオマーカー
バイオマーカーとはある疾患の有無や状態を反映する指標で、注1の通り脳脊髄液は脳の近くにあることから、疾患と関連する物質を測定することで脳神経系の状態を把握するのに役立ちます。
(参考URL https://www.tmghig.jp/research/release/2024/0415.html )
現在の医療では、アルツハイマー病は脳脊髄液バイオマーカーを用いて正確な早期診断ができるようになり、レカネマブ・ドナネマブなどの新しい治療をはじめる前の診断の確認にも使われています
(参考URL https://www.tmghig.jp/dementia-support/ )
現状の課題としては、アルツハイマー病以外のレビー小体病・血管性などによる認知機能低下の有無を正確に評価するバイオマーカーが求められています。