2024年10月発行
《注目記事》
認知症未来社会創造センターと研究成果のご紹介
・統合コホートとリスクチャートの開発/コホート研究部門 統合コホート担当・DEMCIRC担当 鈴木宏幸、副センター長・コホート研究部門 藤原佳典
・共生社会の実現に向けたフィールド研究/副センター長・共生部門 認知症支援推進センター担当 井藤佳恵、共生部門 共生社会担当 岡村毅、共生部門 認知症疾患医療センター担当 古田光
《その他(PDFでお読みいただけます)》
・第169回老年学・老年医学公開講座レポート
・第12回TOBIRA研究交流フォーラムレポート
・表彰一覧
・令和6年度 理事長研究奨励費受賞者一覧
・第170回老年学・老年医学公開講座 ダイジェスト
・第170回・第171回老年学・老年医学公開講座 開催のお知らせ
・主なマスコミ報道/編集後記
コホート研究部門 統合コホート担当・DEMCIRC担当 鈴木宏幸
副センター長・コホート研究部門 藤原佳典
東京都健康長寿医療センター研究所では、社会参加とヘルシーエイジング、自立促進と精神保健、福祉と生活ケアの3つの研究チームが、それぞれのテーマに沿ったコホート研究を行っています。コホート研究とは、「特定の集団を対象に定期的な健康調査を行い、健康状態の変化やその要因を追跡する観察研究」です。研究に参加する集団を「コホート」と呼びます。
認知症未来社会創造センターでは、各テーマが管理するコホートで共通して取得された認知症や認知機能に関連するデータを統合し、「統合コホートデータ」を構築しました。このデータは8,180名の調査対象者の情報を含み、大規模なサンプルサイズを持つため、AI等を活用した高度な解析が可能となります。認知症や認知機能に焦点を当てたデータセットとして、統合コホートデータは今後の研究における重要な資源となるものと期待されます。
認知症未来社会創造センターのコホート研究部門では、統合コホートデータを活用し、社会実装可能なツールとして「認知機能低下スクリーニングシート」と「認知症リスクチャート」を開発しています。また、現在もコホート研究に参加している対象者の方に更に詳細な検査を受けて頂き、認知機能の変化を追跡する「DEMCIRC研究」にも取り組んでいます。ここからはそれぞれの取組について紹介します。
認知機能低下スクリーニングシートは、認知機能検査を行わずに認知機能低下のリスク状態(認知症に近づいた状態)を推定できるようにすることを目的に開発されました。もの忘れ外来等で認知機能検査などのスクリーニングを受けていただければ認知機能の状態を評価することが可能ですが、地域の中には認知機能検査を受けることを拒否される方がいらっしゃいます。特に、ご自身で認知機能の低下を実感し始めていたり、実感が無いにもかかわらず周囲の方からもの忘れを指摘されているという状態の方は、認知症に関連する検査を敬遠される場合があります。誰しも苦手なことや心配なことに対して、自分が望んでいないのに取り組まされるのは嫌な気持ちになるものでしょう。このような状態の方に無理に認知機能検査を受けて頂いても正当な評価は出来ません。そこで、現在のご病気や生活習慣などの比較的回答しやすい質問から、認知機能のリスク状態を判定しようとするのが認知機能低下スクリーニングシートです。項目の選定にあたっては地域包括支援センターの職員に調査を行い、実際に業務の中で聞き取りやすく、地域包括支援センターや自治体などの専門職の方が活用しやすいものになるよう工夫しています(図1)。
図1 認知機能低下スクリーニングシートのイメージ
認知症リスクチャートは、既往歴や生活習慣の情報を入力することで、将来の認知症発症リスクを把握できるようになることを目的としています。認知症は年齢と深く関係しており、例えば75歳の方と85歳の方では、今後5年間のリスクが大きく異なります。この年齢の影響に加えて、現在の健康状態や生活習慣によってもリスクが増減する可能性があります。認知症リスクチャートは、こうした年齢や病気、生活習慣の影響を考慮した解析を行っています(図2)。
図2 認知症リスクチャートのイメージ
認知症リスクチャートを開発するためには、実際に認知症を発症したかどうかの情報が必要です。そこで、板橋区と協働し、統合コホートデータに介護保険情報を追加しました。これにより、アルツハイマー病やパーキンソン病といった特定の病気による発症や進行を対象とする従来の研究とは異なり、日常生活に基づいた現実的な認知症発症リスクを推定することが可能となります。
DEMCIRC 研究はDeterminant of MCI Reversion/Conversion(軽度認知障害における快復と進展の決定要因)の略語であり、軽度に認知機能が低下した状態から健常な状態に戻る、もしくは認知症へと移行する際の関連要因について検討しています。研究対象としてご参加頂いている方は健常な方から軽度に認知機能が低下した方まで幅広く、全身の健康チェックや詳細な認知機能検査、脳画像や脳機能に関する検査にご協力頂いています。長期にわたる追跡調査を通じて、軽度の認知機能低下からの回復や、逆に認知症への進行を左右する要因を明らかにし、具体的な認知症対策の提案につながることが期待されています。
副センター長・共生部門 認知症支援推進センター担当 井藤佳恵
共生部門 共生社会担当 岡村毅
共生部門 認知症疾患医療センター担当 古田光
東京都健康長寿医療センター研究所では、高齢者や認知症の人を含めたすべての人が、個性と能力を十分に発揮し、お互いを尊重しつつ支えあい、希望と尊厳をもって暮らせる社会(共生社会)を作る研究をしてきました。研究は、病気の方を治療しながら病院で行う研究と、健康な方も対象に含めて地域で行う研究に大別されます。
2016年からは、コミュニティ参加型研究(CBPR)という世界最先端の研究手法を用いた新しい地域研究が始まりました。私たちは高島平団地に地域拠点を作り、研究者が臨床家として住民の方と密接に関わり、信頼関係を築きながら、研究者と住民が一緒になって研究をしています。その目的は、郵送調査や健康診断調査だけではわからない、地域の本当の姿を明らかにすることです。
「高島平ココからステーション」と名付けられた拠点は、週に3日から4日、11時から16時まで開いています。拠点にはソファーやテーブルセットがあり、訪問者は談笑したり、ゲームに興じたり、歌を歌ったり、あるいはただ休んだり、自由に過ごすことができます。運営スタッフは医師、心理士、保健師などを含む2~5名が毎日駐在しています。ちなみに医師の相談では、白衣は着ず、普段着で対応しています。
この研究を通じて、地域の本当の姿が徐々にわかってきました。第一に、病院に来ない人、これまでの調査に参加できなかった・しなかった人がたくさんいることです。第二に、人々は自然に助け合い、医療・福祉といった公の制度の外に様々な助け合いの網があることです。第三に、こうした網に触れることなく、一人暮らしをしている孤独な高齢者も多いことです。
そこで私たちは、既にある地域の支援の網と医療を繋ぎ、さらに科学的なエビデンスを出すという世界で誰もやっていない4つの研究に着手しています。
高齢者が集まる農園を作ることで、人づきあいが増し、認知機能も向上することが分かっています(写真1)。
写真1 農園(ケアファーム)で交流を深めている様子
知的遊び研究所にはプロ棋士を目指していた医師がいるので、囲碁を中心とした教室を運営してきました。囲碁を通じて認知機能が向上すること、友人ができることが分かってきました(写真2)。
写真2 囲碁教室で親睦を深めている様子
僧侶の中には、お布施をもらわずにがんセンターや被災地で人々に尽くしたいという若者も結構います。しかし単に僧侶としていくとお金は一切頂きませんということが理解されず、「宗教はちょっと」といわれてしまうので、東北大学の認定する臨床宗教師という資格をとって活動をすることが広く行われています。私たちは、巣鴨の大正大学にある臨床宗教師の養成講座から僧侶の大学院生を受け入れています。若くて聡明な僧侶は高齢者から大変好かれます(写真3)。
写真3 丸で囲まれた人物が僧侶
最後に、認知症の人同士の助け合いです。ココからステーションでは、認知症の人同士が集まり、自由に話せる場(ココから話そう会)を作っています。そこで彼らが話したことは何だったのでしょうか?それは「慈悲」でした。例えば、過去に認知症を持っていた人に対して「当時は分からなかった、時代が時代だったから、かわいそうなことをした」、未来の認知症の人に対して「自分の症状を研究して、ぜひ未来の人が苦しまないようにしてほしい」、そして、同じ時を生きる仲間に対して「話を聞かせてくれてありがとう、あなたを尊敬している」と話し合っていたのです。
私たちはこのように、高齢者の方が希望と尊厳をもって暮らせる社会のビジョンを世界に発信してきました。高齢者や認知症の人を含めたすべての人が、個性と能力を十分に発揮し、お互いを尊重しつつ支えあい、希望と尊厳をもって暮らせる社会を一緒に作っていきましょう。
なお、11月22日(金)に北区北とぴあさくらホールで開催される「第171回老年学・老年医学公開講座」では、孤独・孤立についてどのように向き合うべきか、最新の研究をもとに4人の研究者が詳しくお話します。ぜひ足をお運びください。
※研究所NEWS PDF版では更に多くの写真などをフルカラーで掲載しております、是非併せてお読みください。