<プレスリリース>"希薄な社会的つながり"と"独居"は海馬の萎縮に関連するが、その作用は正反対:孤立のパラドックス

発表内容の概要

 社会的孤立であることは、様々な不健康状態と関連することが知られています。例えば、社会的孤立が認知機能低下や認知症発症のリスク因子であることは多くの研究が支持しています。しかし、その神経学的メカニズムについては未だ十分に解明されていません。
 村山洋史研究副部長らの研究チームは、65歳以上の地域在住高齢者のコホート研究のデータを用い、記憶を司る脳部位である海馬の容量変化に対し、社会的孤立がどのように作用しているかを検討しました。「社会的孤立」といっても、その定義や捉え方は様々です。今回は、特に取り上げられることが多い、「社会的ネットワーク(他者との交流頻度)」と「世帯構成(独居か否か)」の2つを用いました。

 本研究は、新潟大学、東京医科大学、東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)との共同研究であり、国際誌Archives of Geriatrics and Gerontologyに掲載されました。また、同内容は第12回日本認知症予防学会にて口頭発表を行い、浦上賞を受賞しています。

研究成果の概要

 新潟県十日町市で実施したコホート研究「NEIGE Study」のデータを用いました。NEIGE Studyは、2017年に十日町市在住の65-84歳の高齢者527名を対象にベースライン調査を実施し、4年後の2021年に追跡調査を行っています。2017年と2021年とも、対面による聞き取り調査と頭部MRI検査を行いました。本研究では、2回のMRI検査に参加した279名を対象に解析を行いました。
 社会的ネットワークに基づく社会的孤立は、別居の家族や親戚、あるいは友人や近所の人と「会ったり、一緒に出かけたりすること」「電話、FAX、メールなどのやりとり」による接触頻度の合計が週1回未満と定義しました(解析では、週1回未満/週2回未満/週3回未満/週3回以上の4群に分類しています)。一方、世帯構成に基づく社会的孤立は、同居者の数を尋ね、同居者なし(すなわち独居)を社会的孤立と定義しました。海馬容量は、FreeSurferというソフトウェアで頭部MRI画像を解析し算出しました。

 対象者は、男性49.5%、平均年齢72.3±5.0歳でした。社会的ネットワークに基づく社会的孤立に該当する者が12.7%、世帯構成に基づく社会的孤立に該当する者が8.6%でした。
 解析対象者の海馬容量は、ベースライン時と比べ、4年後には約4.5%減少していました。高齢者を対象にした先行研究では、年に約1%程度の減少割合と報告されています。今回はそれとほぼ同様の結果であり、本対象者が特異な集団ではないといえます。

4年間の海馬容積の変化量に対する社会的孤立の影響を重回帰分析を用いて検討した結果(図1)、

ü 週1回未満の者は、接触頻度が週3回以上の者に比べ、海馬容積の減少が大きかった

ü 独居者は、誰かと同居している者に比べ、海馬容積の減少が緩やかだった

ü この関連は、性別や年齢による違いはなかった。

 以上、"独居"と"希薄なつながり"は、共に孤立の指標として用いられることが多いものの、海馬の萎縮に対しては正反対に作用することが分かりました。

図1. 社会的孤立と海馬容量の変化の関連

 社会的ネットワークで定義される社会的孤立が海馬容量の減少に関連していたのは、他者との関係が希薄であるために日常的な脳への刺激が少なく、それによって海馬の萎縮が進んでしまったためと考えられます。また、周囲の関係性の中から得られるソーシャルサポート(様々な支援)は、ストレスを緩和する効果が知られています。ストレスは脳萎縮を進行させるため、こうしたサポートを得る機会が少ない孤立者の海馬は萎縮しやすかった可能性もあります。

 一方、同じ孤立でも、独居者の海馬萎縮のスピードは緩やかでした。一人暮らしだと、家事などの身の回りのことは基本的に自分で行う必要があります。自らで生活を営むことが脳に刺激をもたらし、それが萎縮の抑制につながった可能性があります。また、自治体等は一人暮らしの人を支援する制度を作っていたり、コミュニティでは一人暮らしの人は見守り活動の対象になることが多くあります。このように、独居者は、周囲からの支えを得やすい環境にあります。これらフォーマル・インフォーマルな支援は独居者の安心に寄与し、それがストレスを軽減し、脳萎縮を緩やかにしていたのかもしれません。

研究の意義

 縦断データの解析により、社会的孤立と認知機能低下、認知症発症との関連には、海馬の萎縮が介在している可能性が示されました。本知見は、認知機能低下や認知症発症の社会的メカニズムの解明への寄与が期待できます。

 また、日本では、孤独・孤立対策担当大臣が設置されるなど孤立対策は必要度が高い事項です。しかし、「孤立」をひと纏めに考えるのではなく、孤立の種類を把握し、それに応じた対策を講じていくことが重要だと示唆されました。

本研究に関する問い合わせ先

東京都健康長寿医療センター研究所 社会参加とヘルシーエイジング研究チーム
研究副部長(テーマリーダー) 村山洋史
電話: 03-3964-3241(内線4247または4269)
Email: murayama@tmig.or.jp

文献情報

Murayama H, Iizuka A, Machida M, Amagasa S, Inoue S, Fujiwara T, Shobugawa. Impact of social isolation on change in brain volume in community-dwelling older Japanese people: The NEIGE Study. Archives of Gerontology and Geriatrics, 2025; 129: 105642.

(邦題 地域在住高齢者における社会的孤立がもたらす脳容量への影響:NEIGE研究)

プレス概要

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