東京都健康長寿医療センター老化機構研究チームシステム加齢医学研究の井上聡研究部長、高山賢一専門副部長は理化学研究所と共同研究を行いホルモン療法が効かなくなった乳がんおよび前立腺がんに対する新しい治療戦略を明らかにしました。がん細胞においてRNAに結合して悪性化を進めるPSFというタンパク質による新たな作用を見出し、作用点を標的とする薬の候補となる分子を発見しました。本研究成果は今後のがんの治療法の開発に大きく貢献するものと期待されます。本研究は、米国癌学会発行の国際科学雑誌「Molecular Cancer Therapeutics」のオンライン版で、米国時間の12月3日に発表されました。
前立腺がんおよび乳がんは欧米およびわが国においてそれぞれ男性および女性がかかるがん種として最も患者数が多く、健康長寿を損ねることで有名です。これらのがんに対してはおおむね男性ホルモンや女性ホルモン作用を抑えるホルモン療法を行いますが、治療を継続すると薬剤や各種療法が効かなくなり、再発、難治化します。その結果、がんによる死亡者数も国内でそれぞれ1万人以上となっていることが大きな課題となっています。研究チームではこれまでにホルモン療法の効かない前立腺がんや乳がん細胞においてはRNAに結合するタンパク質PSFががん細胞内での遺伝子の発現や成熟を制御すること、およびその働きを止める治療薬候補を見出していました。
研究チームでは過去にこれらのがんの組織において鍵となるタンパク質PSFの機能を抑える働きをする小分子を同定しました。この小分子はPSFの増加しているホルモン療法の効かないがん細胞の増殖や実験動物内での腫瘍の増殖を抑える働きがあり薬に応用できることを報告してきました。本研究では薬候補となる小分子の構造をさらに最適化することでさらにがん細胞の増殖を抑制する機能を高めることに成功しました。一方、がんの発生や抑制を制御するタンパク質「p53」はがん組織においてがんの発症に伴い最も突然変異を生じるタンパク質として知られています。さまざまながんの悪性化において「p53の変異による機能不全」は大きな要因と言われています。今回最適化された小分子によりPSFの働きを抑制すると「p53の機能の回復」がp53の変異したがん細胞においても認められました。様々な検討を加えた結果、PSFには新たな局面でp53タンパク質によりコントロールされている機能を抑制する作用があること、PSFを抑制することでp53の機能を回復させがん細胞の死滅を誘導することを見出しました (図1参照)。
これまでp53の変異したがんは治療に抵抗することが問題となっており、その治療戦略を考えることが大きな課題となっていました。本研究によりPSF を標的とすることがp53の変異したがんへの新たな治療法開発につながることが示されました。今回改良された薬剤候補分子はがんに対する治療法の確立に寄与することが考えられます。本研究では前立腺がん、乳がんモデルへの治療効果を示しましたがp53の変異は様々ながんの悪性化に結びつくこと、近年の研究でPSFが様々ながん種において治療抵抗性に関与することが報告されており他のがん治療にも応用できる可能性があります。
米国癌学会発行の国際科学雑誌「Molecular Cancer Therapeutics」(米国癌学会基幹誌)
論文タイトル: Inhibition of PSF activity overcomes resistance to treatment in cancers harboring mutant p53 「PSFの活性を抑制することはp53変異を有するがんへの治療抵抗性を克服する」
著者:高山 賢一1、佐藤 朋広2、本間 光貴2、吉田 稔3、井上 聡1, 4
1 東京都健康長寿医療センター 研究所 老化機構研究チーム システム加齢医学研究、2理化学研究所生命機能科学研究センター制御分子設計研究チーム、3理化学研究所環境資源科学研究センター ケミカルゲノミクス研究グループ、4埼玉医科大学 ゲノム医学研究センター
1) PSFはRNAやDNAに結合し遺伝子の制御としてRNAの成熟によるがん遺伝子発現を促進。
2) DNA上ではp53などのがん抑制遺伝子を抑制。
また今回p53の標的とする遺伝子を特に抑制していることが見出された。特にp53が変異し機能不全が起きているがんにおいても働いている。
3) p53があるがんではPSF を抑制すればp53の活性化を促す。
4) p53の機能不全に陥ったがんにおいてもPSFを抑制することで「p53の機能を回復」することが可能。遺伝子を活性化する「ヒストンタンパク質のアセチル化」を起こしている。
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