2025.4.17
東京都健康長寿医療センター研究所の桜井良太研究員の研究グループは、少数のサンプルを対象とした予備的介入研究から、加齢性難聴患者が補聴器を装着することにより、認知機能のみならず歩行機能も改善する可能性があることを明らかにしました。この研究成果は、国際雑誌「Audiology and Neurotology」オンライン版(2月28日付)に掲載されました。
高齢期の聴力低下は認知症発症や転倒発生、社会的孤立のリスク要因であることが知られています。そのため補聴器の装着といった早期の介入が望まれており、それにより認知機能低下や社会的孤立の発生を予防する可能性が示されてきました。しかしながら、この補聴器装着が高齢者の運動機能にどのような影響を与えるかについては明らかではありませんでした。そこで我々の研究チームは歩行機能に着目し、その影響を検討しました。
2020年から2021年の間に、当医療センター耳鼻咽喉科にて加齢性難聴と診断され補聴器の装着を勧められた患者のうち、研究参加に同意した10名を研究参加者としました。研究参加者の補聴器装着直後と補聴器装着1年後に複合的な調査を行い、その影響を検討しました。
補聴器装着1年後調査の結果(図参照)1、補聴器の装着により、歩行中の1歩に要する時間が顕著に短縮しました。これは、補聴器によって歩行時の足の動き(足の回転)が改善されたことを示しています。さらに、このような歩行機能の向上に伴い、参加者の転倒に対する恐怖感が軽減されたことも確認されました。加えて、全般的な認知機能(MoCA:Montreal Cognitive Assessment)、記憶機能(ロジカルメモリーテスト:遅延再生課題得点)、およびウェルビーイングの指標(WHO-5)においても改善が見られ、補聴器装着が多方面にわたるポジティブな影響をもたらすことが明らかになりました。
これまでの我々の研究から、聴覚が歩行動作に密接に関与していること、そして加齢性難聴者において歩行機能の低下が見られる傾向が明らかになっています。本研究は、少数のサンプルを対象としており、介入効果を厳密に検証する無作為化比較試験ではないため、解釈には注意が必要です。しかし、本研究の結果は、加齢性難聴による聴力の低下を補聴器によって改善することで、歩行機能の向上が期待できる可能性を示唆しています。
このような補聴器の利点を踏まえると、「耳の聞こえの問題」に対する早期の対応が、安全で質の高い生活を実現するために重要であると考えられます。
国際科学雑誌「Audiology and Neurotology」(現地時間2月28日)
Effects of wearing hearing aids on gait and cognition: A pilot study
(補聴器装着が歩行と認知機能に与える影響に関する予備的研究)
プレス概要
プレスリリース
○加齢性難聴者の高い転倒リスクは歩行機能低下が関係している―歩くのが遅い難聴者は転倒による骨折リスクが約3倍高まることが明らかに―
○「―難聴の高齢者が転倒しやすいのはなぜか?―聴覚情報が制限されると円滑な障害物の回避行動が阻害されることが明らかに」
○「加齢性難聴を有する高齢者の約7割は病院受診を希望していない」
○「自身の加齢性難聴の進行を認識していない高齢者ほど心身機能が低い ―客観的測定による難聴と主観的難聴が乖離する高齢者の特徴―」
研究トピックス
耳の聞こえの不調を感じていますか? ―耳の聞こえの悪さを自覚していない方の特徴―
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