耳の聞こえの不調を感じていますか?                          ―耳の聞こえの悪さを自覚していない方の特徴―

社会参加と地域保健研究チーム 桜井 良太

2023.3.1

耳の聞こえと健康

 高齢期の耳の聞こえの不調(以後、加齢性難聴)は、多くの問題につながることが分かっています。具体的には、バランスの能力に悪影響を及ぼすことから歩行機能の低下(図1)や転倒を引き起こし、また、他者との会話に加わりづらくなることから社会的孤立状態を招きやすいとされています。加えて、社会的・認知的刺激の低下から認知症のリスクを高めることも知られています。このような加齢性難聴は早期に発見し、早期に対応する必要がありますが、まずはご本人が難聴に気づいているかが重要となります。

1234.png
図1.聴力と歩行速度の関係


耳の聞こえが悪くなる(聴力の値が大きくなる)と歩行速度も遅くなる相関関係が認められる。

難聴の自覚とその特徴

 そこで我々の研究チームでは、難聴に気づいていない高齢者はどれほど存在して、そのような高齢者はどのような特徴を持っているのかについて調べました。加えて、難聴を抱えていないにもかかわらず、自身の耳の聞こえの悪さを訴える高齢者の特徴を合わせて検討しました。研究ではオージオメーターと呼ばれる聴力検査機器を用いて、正常聴力者、軽度難聴者、中等度以上の難聴者を定義しました(客観的難聴)。加えて、「耳の聞こえに問題がありますか?」という質問に対し、「はい」と回答した方を「主観的難聴者」と定義しました。
 研究参加者のうち、オージオメーターでの測定で軽度難聴に該当する者の割合は53.2%、中等度以上の難聴の該当者は16.8%でした。このうち63.5% の軽度難聴者、22.2% の中等度以上の難聴者には主観的難聴が認められず、自身の耳の聞こえを認識していないことが分かりました。
 また、そのような自身の難聴を認識していない方々の特徴を調べたところ、客観的な難聴レベルが上がるにつれ、歩行機能と認知機能のレベルは低くなる傾向が確認されましたが、中等度以上の難聴者では、主観的に難聴を感じている者に比べ、感じていない者では統計学的に有意に低い歩行機能と認知機能が認められました。また、主観的難聴者では、実際の聴力にかかわらず抑うつ傾向が高いことが明らかとなりました(図2)

23345.png

図2. 結果の一例


(左)中等度以上難聴者で主観的に難聴を感じていない者は特にMMSE(全般的な認知機能を測定するテストで高いほど
   全般的な認知機能が高いことを示す)得点が低い。
(右)難聴の程度によらず、主観的難聴者ほどSDS(抑うつのスケールで値が高いほど抑うつ傾向が高いことを示す)
   得点が高い。

研究からわかること

 本研究から難聴の程度が進行しているにもかかわらず、その問題を認識していない方では歩行機能と認知機能が低い傾向にあることが分かりました。難聴を抱えるシニアの方が自身の難聴に気づいていない理由としては、①他者との関わり合いが少なく、難聴に気づく場面が少ないことや、②耳の聞こえにくさに適応して、特に不便を感じなくなっている、といった可能性が考えられます。このような要因が加齢性難聴者の社会交流や行動範囲の制限を助長し、機能低下を招いているのかもしれません。
 また本研究では、実際の難聴の有無にかかわらず、主観的な難聴がある方ほど抑うつ傾向が高いことが分かり、主観的な難聴が心の不調も反映する可能性が示されました。本研究は横断的な調査のため、その因果関係は不明ですが、「難聴が進行しているが、その問題を認識していない方」や「難聴はそれほどではないが、耳の聞こえにくさを訴える方」には心身機能のアセスメントが必要であるといえます。健診などにおいては、客観的聴力と主観的聴力両者の測定が、その方の健康レベルを把握する上で有効であるかもしれません。

【文献】

  1. Sakurai R, Suzuki H, Ogawa S, Takahashi M, Fujiwara Y.: Hearing loss and increased gait variability among older adults. Gait Posture. 2021 Apr 8;87:54-58.
  2. Sakurai R, Kawai H, Suzuki H, Ogawa S, Yanai S, Hirano H, Ito M, Ihara K, Obuchi S, Fujiwara Y.: Cognitive, physical, and mental profiles of older adults with misplaced self-evaluation of hearing loss. Arch Gerontol Geriatr., 2022. Online ahead of print.