超高齢期の認知機能~百歳までと百歳から

自立促進と介護予防研究チーム 稲垣宏樹

なぜ百寿者を研究するのか

我が国では高齢者人口の増加、平均寿命の伸延が著しく、「誰もが長生きできる社会」が現実のものとなりつつあります。百寿者人口も年々増加し、最新の統計では全国に67,824名(平成29年9月15日現在)の方がいらっしゃいます(図1)。

図1 百寿者人口の推移

図1 百寿者人口の推移

人口の高齢化は、寝たきりや認知症などの「機能障害」を有する高齢者の増加というネガティブな側面を持つ一方、「健康寿命」の延伸、すなわち、健康な状態が維持できる年齢が伸びているといった、一見相反するようなポジティブな現象も見られています。

「健康に長生きをしたい」というのは多くの人が望むことですが、加齢による衰えは免れません。それでは、加齢の行きつく先には、誰もが寝たきりになり、認知症になってしまうのでしょうか。

この問いに対する答えは、非常に長生きをした方々、つまり100歳を超えて生きている方々の状態を調査することで理解できるかもしれません。言い換えれば、「人は、限界まで年をとるとどうなるのか」を検討することで、これまでにあまりデータの蓄積がなかった、超高齢期以降の加齢メカニズムの解明に寄与することに繋がると考えています。また、来るべき超高齢社会の姿を予測するための基礎的なデータとして役立てることができるかもしれません。

認知機能とはなにか

認知機能とは、外界から受け取る刺激や情報を認識、理解して、行動を遂行するための脳の働きを指す言葉です。認知機能には、記憶力や注意力、言語能力、判断力、遂行力などが含まれます。認知機能の維持は、Successful Aging(幸せな老い)を達成する重要な要因であると考えられます。一方、今後認知症高齢者が増加することが予測されることからも、注目すべき機能的側面です。

多くの認知機能は、加齢により衰えていくことが知られています。記憶力の低下はよく知られる現象ですが、記憶力の中でも「エピソード記憶」と呼ばれる、自分自身の経験や個人的な出来事に関する記憶の側面で顕著な低下が示されます。しかし、一方で、衰えにくい記憶力の側面があることも知られています。一般的な知識や物の名前などに関する記憶である「意味記憶」は、加齢の影響が少なく、歳をとっても衰えにくいとされています。また、エピソード記憶についても思い出すための手がかりさえあれば、思い出すことができることも示されています。

認知機能に対する加齢の影響は一様ではないと言えます。それでは、百寿者の認知機能はどのような状態にあるのでしょうか。

百寿者の認知機能の特徴

私どもは、以前東京都の百寿者を対象とした調査を実施しました。この調査では、東京23区にお住いの278名の方の居宅に訪問して、簡単な認知機能検査を受けていただきました。

認知機能検査に用いたのは、認知症や認知機能障害のスクリーニングであるMini-mental State Examination(以下、MMSE)です。MMSEは、高齢者を対象とした多くの調査研究で広く使用されています。11項目30点満点の検査で、23点以下で認知機能の低下が疑われます。

MMSEの得点分布は、健常高齢者では高い得点域に偏ります。しかし、百寿者の場合、得点が高い人もいれば低い人も存在し、分布は平たんな形をしていました(図2)。

図2 百寿者のMMSE得点の分布

図2 百寿者のMMSE得点の分布

過去の研究などを参考にすると、MMSEでは5つの領域、すなわち①言語・遂行機能、②長期記憶、③見当識、④作業記憶、⑤短期記憶を測定できます(図3)。

それぞれの認知機能について、百寿者のグループと健常高齢者のグループ、認知症高齢者のグループを比較してみたところ、言語・遂行機能(図4)では、百寿者の得点と健常高齢者の差がありませんでした。また、それ以外の認知機能については、百寿者の方で得点が低くなっていました。しかし、長期記憶や見当識(図5)については、認知症高齢者の方よりも得点が高く、年齢の影響はあるものの、疾患といえるレベルまでは低下していませんでした。一方、認知症のグループより得点が同程度か低くなる側面もありました。このように、認知機能によっては100歳になっても維持される側面と、低下する側面があることがわかりました。

図3 MMSEが測定する5つの認知機能

図3 MMSEが測定する5つの認知機能

図4 言語・遂行機能の結果

図4 言語・遂行機能の結果

図5 記憶、見当識の結果

図5 記憶、見当識の結果

もうひとつ、認知機能の評価に用いた尺度は、Clinical Dementia Rating(以下、CDR)です。CDRは、MMSEのように検査を受ける人が質問に答える検査とは異なり、観察法による臨床的な評価法です。診察場面などで認知症の重症度を評価するために用いられています。また、認知機能の領域以外にも、社会適応や家庭状況、セルフケアといった日常生活にかかわる能力も合わせて評価でき、適切に認知症を判定することができます。

CDRは、まったく障害のない値0、軽度の障害はあるが認知症ではない値0.5、CDRの1以上は認知症と判定されますが、数字が大きくなるにつれ、重症度が上がります(図6)。CDR判定をもとに、東京百寿者調査における百寿者の認知症有病率を推計したところ、 61.9%がCDR1以上、すなわち認知症であると考えられました。国内外の多くの先行研究で百寿者の認知症有病率は50~70%と報告されています。私どもの研究結果も大きく外れた値ではありませんでした。

図6 CDRによる認知症重症度の判定

図6 CDRによる認知症重症度の判定

認知機能が衰えても大丈夫?

百寿者になっても比較的衰えにくい認知機能があることがわかりました。一方で、認知機能の低下が免れえないのも事実です。 認知症は、脳の病的変化が原因で起こる、認知機能障害を主症状とする病気です。65歳以上の高齢者全体では、約17~18%が認知症であると推計されています。年齢が高いほど認知症である人の割合は高くなります。85~89歳では約40%、90歳以上では約60%の方が認知症です。先述した通り、百寿者でも60~70%が認知症と推計され、超高齢期以降は認知症であることが珍しいことではないのです。

今後、訪れる超高齢社会では、認知機能が衰えることを前提とした生活の仕方や社会の在り方を考えていかなければなりません。「Dementia Friendly Community」=「認知症にやさしい地域」と訳されることが多いですが、たとえ認知機能が衰えても安心して暮らせる社会の仕組みを作ることが求められています。

そのためには、認知機能が衰えた方がどのような手助けを求めているのか、支援のニーズがあるのかを知っておく必要があります。私どもが最近実施した調査「高島平スタディ」では、地域にお住いの高齢者の方には、大きく5種類の支援ニーズがあることがわかりました(図7)。

図7 高齢者の生活支援ニーズ

図7 高齢者の生活支援ニーズ

その中でも、認知機能が低下した方々では、健康な高齢者に比べて、「受療支援」「権利擁護支援」のニーズが高いことがわかりました。「受療支援」とは、「病院へ付き添い、医師からの説明などを一緒に聞いてほしい」「自分が入院するときに対応してほしい」といったものです。「権利擁護支援」とは、「消費者被害にあったときに対処してほしい」「成年後見制度や相続などの相談に乗ってもらったり、手続きをしてほしい」などです。一方で、「お金や年金の管理」「服薬管理の手伝い」「家に来て話し相手になってほしい」(私的領域支援)については、想像していたよりもニーズが高くありませんでした。支援の必要がないわけではなく、家の中のこと、プライバシーにかかわる部分は信頼ができる人に助けてもらいたい、ということかもしれません。こうした支援を受ける(または提供する)ためには、地域の中で助けあえるお友達や仲間、信頼関係を構築しておくことも重要であると考えられます。 だれもが希望と尊厳をもってよりよく生活できる社会が実現すれば、より多くの人が長生きすることは幸福であると感じられるようになることでしょう。

図8 信頼できる人間関係を作る

図8 信頼できる人間関係を作る