老化細胞とCOPD(慢性閉塞性肺疾患)

老化制御研究チーム 廣瀬美嘉子

私たちは、加齢に伴って各臓器に蓄積する『老化細胞』に注目して研究を行っています。私が所属する老化制御研究チーム老化細胞研究では、老化細胞が病気にどのように影響するかを明らかにし、現時点で根本的な治療法がない病気の治療法開発を目指しています。本トピックスでは、COPD(慢性閉塞性肺疾患)について、私たちの研究内容を交えながら紹介します。

老化細胞とは何者か?

 私たちの体を構成する細胞は、修復不可能なダメージ(DNAの損傷や酸化ストレスなど)を受けるとがん抑制タンパク質が活性化され、細胞老化という状態に陥ります。細胞老化を起こした細胞は『老化細胞』と呼ばれ、不可逆的に増殖が停止するなど、正常な細胞には見られない特徴をいくつか持つようになります。

 細胞老化は、私たちの体にとって有益な作用と有害な作用の両面を持つと考えられています。有益な面として、細胞老化はがん化のリスクを持つ危険な細胞の増殖を防ぎ、生体にとって極めて重要ながん抑制機構として機能しています。一方で、老化細胞は加齢とともに多くの組織に蓄積し、様々な生理活性物質を分泌することで周囲の細胞に影響を与えることが分かっています。このような分泌現象は、生体にとって有害な作用を示すことも分かっており、組織の老化や慢性疾患を促進することが示されています。

 実験動物を用いた研究では、老化細胞を除去(=セノリシス、図1)すると、複数の組織において機能回復が見られ、さらに病気の発症や進行を防ぐ効果が確認されています。私たちの研究室では、老化して肺機能が低下したマウスでセノリシスを行うと呼吸機能が回復し[1]、さらに病態モデルとセノリシスを組み合わせることにより肺気腫や転移性肺がんが抑制されることを報告しています[2-4]。こうした背景から、近年、老化細胞が病気の治療標的として注目されています。

図1

加齢に伴い患者数が増加するCOPD

 COPD(慢性閉塞性肺疾患)は世界的に死因の上位を占める病気であり、WHO(世界保健機関)の最新データによれば、全世界で3番目に多い死亡原因であることが分かっています。米国では新規患者数が45歳未満で1万人あたり200人、65歳以上では1万人あたり1200人と増加しており、日本においても40歳以上の8.6%、約530万人の有病者がいると推定されています[5,6]。COPDは加齢に伴って増加する疾患であり、世界的な患者数の増加は高齢者人口の増加と関連すると考えられています。喫煙がCOPDの主な原因であり、喫煙者の15~20%がCOPDを発症すると言われています[7]。しかし、日本ではCOPDの認知度は2017年の調査では30%未満に留まり、東京都でも認知度向上・禁煙推進を目指した啓発活動が行われています[8]

COPD治療の現状と課題

 COPDはタバコ煙などの有害物質を長い期間吸うことで生じる肺の炎症性疾患であり、主な病態として慢性気管支炎と肺気腫が含まれます(図2)。慢性気管支炎では、気管支の炎症により咳やたんが出たり、気管支が細くなることで呼吸が苦しくなります。肺気腫では、肺を形成する小さな袋(肺胞)が壊れ、酸素の取り込みや二酸化炭素の排出機能が低下します。これらの病態が原因となり、体を動かした時の息切れ・呼吸困難、慢性的に続く咳やたんといった症状が現れます。

図2

 COPDの治療としては、対症療法と運動療法、禁煙を基本とする生活指導が行われています。慢性気管支炎には、気管支の炎症を抑える薬や、気管支をひろげる薬が使われており、症状を和らげることができます。しかし、肺気腫において、一度壊れた肺胞を元に戻す治療法は現時点では存在していません。

そもそも肺は再生するのか?

 肝臓などの一部の臓器は再生能力が高く、動物実験では肝臓の70%を切り取っても、肝臓の重さや機能が1週間程度で回復することが示されています。一方、肺は再生能力が乏しい臓器と認識されてきました。しかし、肺においても『代償性成長』と呼ばれる現象が知られており、肺移植手術を受けた小児や、肺の一部を切除した大人においても、肺胞の数の増加を伴う肺の再生が起こることが報告されています[9,10]。さらに最近では、コロナウイルス感染症で肺炎にかかった患者さんにおいて、重症の場合であっても肺の構造と機能がほぼ完全に回復することが報告され[11]、肺が再生能力を有する臓器であることがわかってきました。

 私たちは、老化細胞が肺組織の再生に及ぼす影響について研究を行っています。老化細胞を除去したマウスの肺組織では、肺胞のもととなる前駆細胞の増殖が亢進しており、老化細胞から分泌される物質が肺胞の修復・再生を抑制している可能性が示唆されています。現在、どのようなメカニズムで老化細胞が肺胞の修復・再生を抑制し、肺気腫などの病態に影響を与えるかについて研究しています。

おわりに

 加齢に伴い患者数が増加する疾患であるCOPDに、老化細胞が関与していることが分かってきています。以前、私たちの研究室では、老化細胞が炎症の促進を介して肺気腫の病態を悪化させることを報告しました。現在、老化細胞による疾患増悪化のメカニズムの一つとして新たに、「肺再生の抑制」が関与していることがわかってきました。今後、疾患に対する老化細胞の影響を詳細に明らかにすることで、COPDに対する革新的な治療方法の開発を目指しています。

参考文献

  1. Hashimoto, M. et al. Elimination of p19ARF-expressing cells enhances pulmonary function in mice. JCI Insight 1, e87732, doi:10.1172/jci.insight.87732 (2016).
  2. Mikawa, R. et al. Elimination of p19(ARF) -expressing cells protects against pulmonary emphysema in mice. Aging Cell 17, e12827, doi:10.1111/acel.12827 (2018).
  3. Mikawa, R. et al. p19Arf Exacerbates Cigarette Smoke-Induced Pulmonary Dysfunction. Biomolecules 10, 462, doi: 10.3390/biom10030462 (2018).
  4. Kawaguchi, K. et al. Cellular senescence promotes cancer metastasis by enhancing soluble E-cadherin production. iScience 24, 103022, doi: 10.1016/j.isci.2021.103022 (2021).
  5. Meiners, S., Eickelberg, O. & Konigshoff, M. Hallmarks of the ageing lung. The European respiratory journal 45, 807-827, doi:10.1183/09031936.00186914 (2015).
  6. Fukuchi, Y. et al. COPD in Japan: the Nippon COPD Epidemiology study. Respirology 9, 458-465, doi:10.1111/j.1440-1843.2004.00637.x (2004).
  7. Cigarette smoking and health. American thoracic society. American journal of respiratory and critical care medicine. 153, 861-5 (1996).
  8. 東京都保健医療局:https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kensui/copd/index.html
  9. Toyooka S., Sano Y., Yamane M., et al. Long-term follow-up of living-donor single lobe transplantation for idiopathic pulmonary arterial hypertension in a child. J Thorac Cardiovasc Surg, 135, 451-452, doi:10.1016/j.jtcvs.2007.10.010 (2008).
  10. Butler J.P., Loring S.H., Patz S., et al. Evidence for adult lung growth in humans. N Engl J Med, 367, 244-247, doi:10.1056/NEJMoa1203983 (2012).
  11. Bailey J., Lavelle B., Miller J., et al. Multidisciplinary Center Care for Long COVID Syndrome-A Retrospective Cohort Study. Am J Med, doi:10.1016/j.amjmed.2023.05.002 (2023).

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