2024.10.2
75歳以上の高齢者の方を対象とした健康診査で、高齢者の医療の確保に関する法律(高齢者医療確保法)第125条の規定に基づき、後期高齢者医療広域連合が行うよう努めることとされています。ただし、後期高齢者医療広域連合は支部がなく職員数も限られているため、健康診査の事業を円滑に実施するために、事業の実施を市町村に委託しています。ただし、健康診査を実施するために必要な費用は後期高齢者医療広域連合と受診者(自己負担分)が負担することになっています。
検査項目は区市町村により異なりますが、原則として特定健康診査に準じています。具体的には、問診、身体計測(身長・体重・腹囲など)、血圧測定、血液検査、尿検査、心電図検査、胸部X線検査、眼底検査のうち全部または一部が行われます。血液検査では、糖代謝指標(血糖、ヘモグロビンA1c)、脂質(総コレステロール、HDLコレステロール、LDLコレステロール、中性脂肪)、肝機能(AST、ALT、アルブミンなど)、腎機能(クレアチニンなど)、血液一般(血色素量など)のうち全部または一部が測定されます。検査項目の詳細はお住まいの区市町村のホームページにてご確認ください。
後期高齢者健診では、多くの区市町村で「後期高齢者の質問票(図1)」を活用して高齢者の特性を踏まえた健康状態を総合的に把握し、健康状態における課題を明確化した上で、それらの課題に対する必要な支援(保健指導・健康相談など)を行っています。「後期高齢者の質問票」は、健康状態(No.1)、心の健康状態(No.2)、食習慣(No.3)、口腔機能(No.4~No.5)、体重変化(No.6)、運動・転倒(No.7~No.9)、認知機能(No.10~No.11)、喫煙(No.12)、社会参加(No.13~No.14)、ソーシャルサポート(No.15)に関する全15問の質問より構成されています。
私たちの研究チームでは、東京都(板橋区、檜原村、奥多摩町、日の出町、青梅市)と兵庫県(伊丹市、朝来市)の地域在住高齢者を対象とした疫学研究であるSONIC研究のデータを用いて、「後期高齢者の質問票」によるフレイルの予測が可能かを検討したところ、15問のうち4問以上で「健康リスクあり」とされる回答をした場合に「フレイルあり」と判定すると、高精度でフレイルを予測できることがわかりました [1]。さらに、健康状態(No.1)、心の健康状態(No.2)、喫煙(No.12)を除いた12問のうち4問以上「健康リスクあり」とされる回答をした場合に「フレイルあり」と判定した場合においても、15問を活用した場合とほぼ同じ精度でフレイルを予測できることもわかりました。
実際に、要介護認定を受けていない千葉県柏市在住の高齢者に対して、「後期高齢者の質問票」を用いてフレイルを判定し、その有無により新たな要介護認定(要介護1以上の新規認定)の発生に差があるかを調べたところ、フレイルと判定された群では判定されなかった群と比較し、要介護認定の新規発生リスクが高かったことも報告されており [2]、「後期高齢者の質問票」は、将来要介護になりやすいハイリスクの方々をスクリーニングするのに適していると考えられます。ご興味のある方はぜひ質問票に回答してご自身がフレイルか否かを調べてみてはいかがでしょうか。
後期高齢者健診では、40~74歳を対象にして行う特定健康診査(いわゆるメタボ健診)や労働安全衛生法の一般健診と同様に、循環器病のリスクである高血圧・糖尿病・脂質異常症の有無を調べることができます。高血圧・糖尿病・脂質異常症がある方は生活習慣を改善するとともに医療機関を受診し、必要に応じて薬剤を服用することになります。しかし、高齢者(特に75歳以上の高齢者)の方においてこれらのリスクを管理する(すなわち、血圧・血糖・脂質をコントロールする)際のコンセプトは中年の頃とは大きく異なります。
中年期において高血圧・糖尿病・脂質異常症を管理する目的は、主に動脈硬化性心血管疾患(すなわち心筋梗塞や脳梗塞)の発症を予防することです。しかし、年齢を重ねるにつれて、これらの疾患とは関係なく動脈硬化の進行を認めるため、高血圧・糖尿病・脂質異常症を管理することによる動脈硬化性心血管疾患の予防効果は高齢になるほど少なくなると考えられています。実際に、65歳以上の循環器疾患の既往がない米国在住高齢者を対象として動脈硬化性心血管疾患の発症・死亡に対する寄与危険割合を検討した研究において、収縮期血圧高値は85歳を過ぎると寄与危険割合は著しく低下し、糖尿病も75歳を過ぎると寄与危険割合は著しく低下することが示されています(図2) [3]。
一方、腎機能低下や心機能の指標であるヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント(NT-proBNP)高値が動脈硬化性心血管疾患の発症・死亡へ与える影響は年齢を重ねるごとに増加していることも示されています。したがって、高齢になればなるほど血圧・血糖・脂質を管理する目的が動脈硬化性疾患の発症リスクを減らすことだけでなく、それらの管理を通して腎臓や心臓の機能を保護することも含まれることになります。また、高血圧や糖尿病があると脳血管障害を介して脳血管性認知症を発症する可能性が高まりますし、糖尿病患者ではアルツハイマー型認知症にもなりやすいことが知られています。そのため、高齢者では血圧や血糖を管理する目的として認知症の発症予防も含まれることになります。
最後に、後期高齢者健診と直接的には関係がありませんが、100歳以上の百寿者を対象として寿命を規定するバイオマーカーを調べた研究がありますのでご紹介します。慶應義塾大学医学部百寿総合研究センターの研究グループでは、1992年より東京都在住の百寿者を対象とした疫学調査(東京百寿者調査)を開始し、さらに2002年からは全国における105歳以上の超百寿者に対象者を拡大して(全国超百寿者調査)、現在に至るまで健康寿命の延伸に向けた包括的な疫学研究を30年以上継続しています。同研究グループが東京百寿者調査と全国超百寿者調査の対象者675名(100-104歳:193名、105歳以上:482名)を対象に総死亡と関連するバイオマーカーを検討したところ、心機能の指標として知られるNT-proBNP値が高いと総死亡のリスクが有意に高く、また105歳以上では、全身性の炎症の指標として知られるインターロイキン-6(IL-6)や腎機能低下の指標であるシスタチンCが高いことも総死亡のリスクを有意に高めることが明らかとなりました [4]。また、栄養状態の指標である血清アルブミンが低いことも100-104歳、105歳以上の両群で総死亡のリスクを有意に高めていることがわかりました。
一方、中高年における心血管疾患のリスク因子である脂質や糖代謝に関する指標は総死亡と有意な関連を認めておらず、百寿者において脂質異常や糖代謝異常は寿命を規定する要因にはならないこともわかりました。すなわち、心臓や腎臓の機能を保護しつつ、身体に炎症が起きないようにして栄養状態を悪化させないことが長寿の秘訣であると言うことができると思います。後期高齢者健診でもアルブミンや腎機能を測定していますので、ご参考にしていただければと思います。
今回は市町村が主に実施しており、75歳以上の高齢者の方が受けることができる後期高齢者健診についてご紹介するとともに、後期高齢者健診の問診票からフレイルのスクリーニングができること、後期高齢者健診によりわかる高血圧・糖尿病・脂質異常症を管理する目的が心筋梗塞や脳梗塞などの動脈硬化性疾患の発症を防ぐだけでなく、心臓や腎臓の機能を保護することや認知症の予防を図ることも含まれていること、また後期高齢者健診で測定するアルブミンや腎機能が実は寿命を規定する要因の1つになっていることについてご説明いたしました。
後期高齢者健診は75歳以上の高齢者の皆さんの身体の状態を知ることができるチャンスです。普段健康に自信がある方もそうでない方もぜひ健康診査を受けてご自身の健康状態を知り、今後の生活に役立てていただければと思います。
1) Hori N, et al. Geriatr Gerontol Int 2023; 23(6): 437-443.
2) Tanaka T, et al. Geriatr Gerontol Int 2023; 23(2): 124-130.
3) Odden MC, et al. Atherosclerosis 2014; 237(1): 336-342.
4) Hirata T, et al. Nat Commun 2020; 11(1): 3820.