2024.3.1
世界保健機関(WHO)の「WHO身体活動・座位行動ガイドライン2020(以下、WHOガイドラン)」では、6つの"重要なメッセージ"が掲げられています(図1)1)。このガイドラインでは、運動・身体活動が高齢期の健康に及ぼす効果として、生活習慣病(心血管系疾患、高血圧や部位別のがん、2型糖尿病)の予防、メンタルヘルス(不安やうつ症状の軽減)や認知的健康、睡眠の質の向上、肥満関連指標の改善の他、骨の健康や生活機能低下の予防につながることを明示しています。また、2024年1月に、厚生労働省から最新の科学的知見に基づく「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023(以下、厚労省ガイド)」2)が公表されました。本稿では、これらのガイドラインを踏まえて、運動・身体活動の"ちょい足し"のポイントを解説します。
図1.WHO身体活動・座位行動ガイドライン2020の"重要なメッセージ"1)
WHOガイドライン1)では、1)有酸素性運動、2)筋力運動、そして3)複数の要素を含む複合的運動の3つの観点から運動・身体活動の目安が示されています(図2)。それぞれについてみてみましょう。
図2.何をどれだけやったらいいの?
有酸素性運動とは、全身の多くの筋肉を使って、リズミカルな動きを一定時間持続させるような運動を指します。代表的な有酸素性運動として、散歩やウォーキング、ジョギング、自転車運動、ダンス、エアロビクス、水泳などがあります。習慣的な有酸素性運動は、全身持久力(いわゆるスタミナ)を高めるだけでなく、心臓・血管系機能(安静時心拍数・血圧・中性脂肪の低下や善玉コレステロールの増加など)、代謝(血糖コントロールの強化、運動中の脂質の優先利用など)にも好ましい適応をもたらします。
WHOガイドライン1)では、65歳未満/以上を問わず、少なくとも週に150~300分の中強度運動、または週に75~150分の高強度運動、あるいはそれらを組み合わせて実践することが推奨されています。中強度とは座位安静時の3~6倍の強度を、高強度とは座位安静時の6倍以上の強度を、それぞれ指します。ちなみに、座位安静時の1.5~3倍未満が低強度です。具体的には、普通歩行以上の強度を中強度、ゆっくりとしたジョギング以上の強度を高強度として、それぞれイメージしていただくとよいでしょう(図3)。
厚労省ガイド2)では、わかりやすさを重視して、65歳以上の場合では1日40分以上の中高強度身体活動を推奨しています。これは歩数に換算すると、1日約6000歩以上に相当します。
図3.運動・身体活動強度のイメージ
筋力運動とは、筋肉に負荷(抵抗)をかける動作を繰り返す運動を指します。抵抗のことを英語でresistance(レジスタンス)というので、"レジスタンス運動"とも呼ばれます。ダンベルやウエート、マシンなどを利用する方法もありますが、安全かつ手軽に実践できるレジスタンス運動としては、自体重による負荷を中心とし、ゴム製のチューブやピラティスボールなどで抵抗を調節する方法が推奨されます。
WHOガイドライン1)と厚労省ガイド2)では、中強度以上の筋力運動を週に2日以上実践することが推奨されています。加齢や不活動によって減少しやすい速筋※を維持するには、中強度(ややきつい)以上の負荷をかける必要があるため、フレイル予防の観点からは、筋力運動の実践が強く推奨されます。
※速筋とは:収縮速度が速いため、大きな力を発揮できる筋繊維です。ただし、疲労しやすく、力を長時間発揮し続けることができません。酸素を運ぶミオグロビンが少なく、白っぽい色をしているので白筋ともいわれます。加齢に伴って萎縮しやすい筋線維です。
複合的運動とは、これまでご説明した有酸素性運動や筋力運動、バランス運動、柔軟性運動など、複数要素を組み合わせて実践する運動のことを指します。
WHOガイドライン1)と厚労省ガイド2)では、65歳以上の場合、中強度以上のレジスタンス運動やバランス運動から成る複合的運動を週に3日以上実践することが推奨されています。"複合的運動を週3日"と聞くと大変なイメージを持たれるかもしれませんが、例えば、いつもの散歩に筋力運動やストレッチを"ちょい足し"することでもOKです。
WHOガイドライン1)の特徴は、新たに"Every Move Counts(ちょっとした身体活動にも意味がある)"がスローガンとして掲げられたことです。これは、10分未満の"ちょっとした"運動・身体活動でも、積み重ねることで健康効果が得られることが最近の研究でわかってきたことに起因します。
例えば、15の研究の統合分析では、60歳以上の場合、歩数6000~8000歩/日までに総死亡リスクは大きく低減し、それ以上の歩数においてもリスクは微減することが示されています(図4)3)。ここで重要なことは、歩数が1000歩(約10分)多いだけでも死亡リスクが低値を示している点です。厚労省ガイド2)で示された推奨値を満たすと明確な健康効果が得られますが、たとえ推奨量を満たさなくても、健康効果は得られることがわかります。
なお、この研究では、1日15000歩を超えても総死亡リスクを高めるような弊害は確認されていませんが、運動のやりすぎについてはわかっていないことも多いため、無理は禁物です。
図4.1日あたりの歩数と総死亡リスクとの量反応関係3)
九州大学の研究グループ4)は、1回10分未満の低強度身体活動であっても、1日平均概ね3時間以上積み重ねている群では、最も短い群に比べて6年間の要介護化リスクが約35%低いという知見を報告しています(図5)。この研究によれば、1日平均30分以上の中強度身体活動を積み重ねている群では、最も短い群に比べて6年間の要介護化リスクがほぼ半分になっています。これらは、"ちょい足し"の積み重ねが介護予防につながることを示唆する重要な知見といえます。
図5.10分未満の身体活動量の合計(1日当たり)と要介護認定リスクとの関係4)
すぐに取り組める工夫は"座りっぱなしの時間を減らす"ことです。長時間の連続した座位行動を中断(ブレイク)することにも意義があります。たとえ座位時間が長くても、頻繁に立ち上がる等、中断回数が多い群では、総死亡リスク上昇が緩和されることが報告されています5)。テレビを見ている時等に、30分ごとに3分間くらい立ち上がる「ブレイク30(サーティ)」を取り入れると、結果的に椅子からの立ち座り回数を増やすことにもつながります。
これまであまり運動していなかった方は、1日10分間、余分に歩くことから始めてみましょう。歩数計がない場合は、10分間歩くと約1000歩と覚えておきましょう。最初の1カ月間は+10分(1000歩)、次の1カ月間にはさらに+10分(1000歩)というように、ご自身の身体と相談しながら散歩やウォーキングの時間を段階的に増やす方法もお勧めです。
散歩やウォーキングは、最も簡便な運動ですが、ウォーキングのみでは筋肉や骨に対する刺激が必ずしも十分とはいえません。また、有酸素性運動(散歩やウォーキング等)と筋力運動を組み合わせて実践している群では、両方実践していない群/どちらか一方のみ実践している群よりも、総死亡・心血管系疾患死亡・全がん死亡リスクが低値を示すことが明らかになっています(図6)6)。
図6.有酸素運動と筋力運動の組み合わせと総死亡リスク6)
図7には、下肢の重要な筋群をターゲットとした筋力運動を示しています。散歩やウォーキングは低~中強度の運動ですが、速筋を維持するには、中強度以上の負荷をかける必要があります。
安全かつ効果的な強度の目安として、筋力運動の自覚的運動強度(図8)を活用するとよいでしょう。この表は、座位安静時を0、"もう限界だ"というきつさを10としたときの感覚尺度です。運動強度が低すぎる(楽である)と運動効果は得られにくく、逆に、きつすぎると怪我につながる場合があります。「ややきつい」と感じる回数が安全かつ効果的な中強度の目安です。
これを参考に、図7の①~④の運動について、まずは10回ずつ反復してみましょう。10回繰り返した後に、例えば9以上のきつさを感じる場合には回数を少し減らす、5よりも低く感じる場合には回数を少し増やす、などして自分に合った負荷(回数)を調整できるとよいでしょう。日常生活の中にも、"ちょっときつい"と感じるくらいの運動を、短い時間でもよいので"ちょい足し"してみましょう。①~④すべてを実践すると15分程度かかります。時間的にどれか1つを"ちょい足し"したい場合には、大腿四頭筋(太ももの前部)を鍛えることができる②か④の実践がお勧めです。
図7.自重負荷による下枝筋群の筋力運動
図8.筋力運動の自覚的運動強度(感覚のものさし)
1)World Health Organization. WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour. https://apps.who.int/iris/rest/bitstreams/1315866/retrieve; 2020
2)厚生労働省. 健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023. https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001171393.pdf
3)Paluch AE, Bajpai S, Bassett DR, et al. Daily steps and all-cause mortality: a meta-analysis of 15 international cohorts. Lancet Public Health. 2022; 7: e219-e228.
4)Chen T, Honda T, Chen S, et al. Dose-response association between accelerometer-assessed physical activity and incidence of functional disability in older Japanese adults: a 6-year prospective study. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2020; 75: 1763-1770.
5)Diaz KM, Howard VJ, Hutto B, et al. Patterns of sedentary behavior and mortality in U.S. middle-aged and older adults: A National Cohort Study. Ann Intern Med. 2017; 167: 465-475.
6)Momma H, Kawakami R, Honda T, et al. Muscle-strengthening activities are associated with lower risk and mortality in major non-communicable diseases: a systematic review and meta-analysis of cohort studies. Br J Sports Med. 2022; 56: 755-763.