包括的な健康状態評価票の開発と自治体での活用~千代田区プロジェクトの紹介

自立促進と精神保健研究チーム 研究員 稲垣 宏樹

はじめに 

 高齢者人口は年々増加しており、将来的には特に年齢の高い層=後期高齢者(75歳以上高齢者)や超高齢者(85歳以上)層の増加が著しいことが推計されています。それにともない、認知症や要介護状態を抱えた高齢者や、一人暮らしや高齢者のみ世帯が増加することが見込まれています。
 こうした状況に対して、地域にお住いの方々の健康状態や要介護リスクを評価した上で、(1)何らかのリスクを抱えている、または支援を必要する方々には、速やかかつスムーズに介護予防活動や医療に繋げ、現状が悪化しないようにする(「ハイリスク・アプローチ」と言います)ことと合わせて、(2)現段階では健康でリスクがない大多数の方々には健康行動や生活習慣の改善を促し、地域全体のリスク低減や健康状態の維持向上を図る(「ポピュレーション・アプローチ」と言います)ことが有効な対策になります。
 リスクのある人に集中的に介入するハイリスク・アプローチと、地域や集団全体に広く働きかけるポピュレーション・アプローチは、組み合わせて活用することで相乗的な効果が得られると言われており、地域の健康づくりや介護予防活動においてはまさしく両輪となるものです。
 ポピュレーション・アプローチでは地域全体に広く働きかけなければならないので、研究所が単独でこれを実施することは容易なことではありません。自治体と協力することで実現が可能になります。また、自治体側には地域住民の健康づくりを進めていきたい思いがあり、ニーズもあります。しかし、やみくもに何でもやればいいというわけでもないので、科学的な知見と健康づくりのノウハウがある研究所とタッグを組んで行うことにはメリットがあるわけです。
 こうした背景があり、我々の自立促進と精神保健研究チームでは、2009年より千代田区との協働事業を進めてきました(図1)。この事業は、現在も継続中で、ポピュレーション・アプローチとして、郵送調査(図1の①)とアドバイス表や健康情報の送付(同②)、ハイリスク・アプローチとして、調査票の未返送の方(この中には健康リスクのある人が多く含まれると考えられます)を対象とした訪問調査(同③)と見守り支援(同④)を実施しています。
 本稿ではこのうち、ポピュレーション・アプローチ、すなわち、郵送調査「こころとからだのすこやかチェック」とアドバイス表の送付事業についての説明をさせていただきたいと思います。

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図1 千代田区プロジェクトにおけるポピュレーション・アプローチとハイリスク・アプローチ

こころとからだのすこやかチェック

 この事業は、2010年度に「こころとからだの健康調査」としてスタートし、2015年度には「千代田区こころとからだのすこやかチェック」と名称を改め、年1回のペースで継続的に実施しています。千代田区に在住する要介護認定を受けていない65歳以上の方を対象に、郵送法を用いて心身機能の健康状態を包括的に測定しています。
 要介護状態への移行や認知症発症の危険因子には、年齢や性別をはじめ、食事や運動、知的活動など、様々な要因が指摘されています。要介護状態に移行する高齢者を予測して、予防のための支援につなげる目的で開発された「基本チェックリスト」(文献1)という評価ツールが既に存在し有効性も確認されていて、全国で広く利用されていました。
 しかし、この事業では、千代田区の地域特性を考慮した独自の健康評価尺度を開発することを目標とするところからスタートしました。2010年の初回調査データに基づき、精神的健康、歩行機能、生活機能、認知機能、ソーシャルサポートの5領域25項目と、自治体の要請で加えた「口腔・栄養」領域5項目のぜんぶで6つの領域を包括的に測定、評価する30項目の調査票(「包括的健康調査票」)を開発しました(文献2)。包括的健康調査票は同一の対象者を3年間追跡した縦断データを利用して3年後の要介護状態や認知症状態への移行を予測できるかどうかを検証しました。その結果、合計得点が基準値以下だった場合、3年後に要介護認定を受けている(図2)、または、認知機能が低下している(図3)可能性が約2.8倍高いことが示され、この調査票が適切に要介護状態や認知症状態への移行を予測できることが確認できました。2011年以降の調査では、この調査票を用いてご回答のあった皆さんの健康状態の評価を行っています。

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図2 2014年時の要介護認定状況(要支援1以上)と関連のあった変数およびオッズ比

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図3 2014年時の認知症高齢者日常生活自立度判定Ⅰ以上と関連のあった変数およびオッズ比

すこやかチェック アドバイス表 

 そして、この結果に基づいて健康づくりや介護予防に役立てていただけるよう、「こころとからだのすこやかチェック アドバイス表」(図4)をその年の回答者全員に送付しています。アドバイス表では、領域ごとに★の数で健康度を示しています。★が3つだと良好な健康状態、★2つだと標準的、★1つだと少し注意が必要、といった具合です。アドバイス表には、検査の結果だけでなくどのような点に気を付けたらよいかも記載されていて、健康意識の向上や健康行動への促しがなされるようになっています。また、予防のためにどのような自治体のサービスが利用できるか、万が一困った時にはどこに相談すればよいかについてのパンフレットを同封することで、必要な方には介護予防事業の利用についての情報提供も行っています。昨年度からは、調査全体の概要や結果を、区のホームページでも公開し(https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/kenko/koresha/kaigoyobo/sukoyakacheck.html)、調査を受けた方のみならず、年齢に関係なく地域にお住いの皆様に広く知っていただけるようにしています。
 ポピュレーション・アプローチの効果は短期的には見えにくく、一部の項目では「効果が出ているのかな?」と感じられる結果も示されていますが、現段階では明確に検証するまでには至っていません。引き続き自治体と協働しながら事業を継続し、今後の課題である効果検証を行って、地域の皆さまの健康づくりにより一層貢献していきたいと考えています。

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図4 「こころとからだのすこやかチェック」アドバイス表(見本)

参考文献
1) 「介護予防のための生活機能評価に関するマニュアル」分担研究班(主任研究者鈴木隆雄). 介護予防のための生活機能評価に関するマニュアル(改訂版). 2009年.
2) 稲垣宏樹, 杉山美香, 井藤佳恵, 佐久間尚子, 宇良千秋, 宮前史子, 岡村毅, 粟田主一 : 郵送法による地域在住高齢者の包括的な健康評価と将来的な要介護・認知症状態への移行との関連. 日本公衆衛生雑誌, 69(6):459-472, 2022.