家族介護の見えざる負担:「名もなき介護」の深層に迫る

福祉と生活ケア研究チーム 涌井 智子

2024.4.1

はじめに

 2025年問題は、日本が直面する大きな社会的課題の一つです。この年には、戦後のベビーブームで生まれた団塊の世代が75歳の節目を迎えます。75歳は、多くの人が介護サービスを必要とする可能性が高まる重要な年齢です。一般的に、65歳以上を高齢者と定義しますが、実際にはこれらの高齢者の約8割は自立した生活を送っています。しかし、75歳を超えると、介護や日常生活の支援が必要になる人の割合が顕著に増加します。2025年に団塊の世代がこの年齢に達すると、介護を必要とする人々の数が急激に増え、それに伴い医療費や介護費用の増大が予想され、社会に大きな負担をもたらすことが懸念されています。
 この2025年問題には、家族が直面する介護の重圧も含んでいます。特に、社会的に活躍するベビーブーマージュニア世代が家族介護の重要な役割を果たすことになります。しかし、家族介護者が担う日々の責任の多くは、見えにくい「名もなき介護」として存在し、その姿は社会全体には十分に認識されていません。本研究トピックスでは、家族介護者が担う名もなき介護を掘り下げ、家族介護の見えざる側面を明らかにします。日常的な食事や排せつの介助、歩行支援だけでなく、認知症を抱える家族への自律や尊厳の維持を目的とした介護提供の難しさを概説し、これからの家族支援について一緒に考えたいと思います。

"名もなき介護?"

 "名もなき家事"という言葉が一時期取り上げられましたが、実は家族介護にも"名もなき介護"があります。家族介護者が日常の介護の中で支援するのは、食事介助、排せつ介助、歩行介助、その他家事一般等、日常生活動作と呼ばれるものの支援ばかりではありません。介助と介助を埋める評価・判断、介護保険サービスの調整、環境整備などを家族が担っています。この"名もなき介護"を掘り下げることで、介護を担う中で家族がストレスに感じる点に光を当てたいと思います。

(1)身体的・認知的・情緒的な状態の評価・判断、そして支援の調整
特に認知症の方の場合には、日によって、或いは一日の中でも状態にばらつきがあります。体調も機嫌もよく、「台所に立って料理をする」とおっしゃる時もあれば、デイサービスに行くことを億劫がる時もあるといった具合です。こういった機能や状態のばらつきに家族は向き合い、「今はどんな状態?」を評価・判断し、そして「今日は私が食事介助をしよう」或いは「今日は調子が良さそうなので、自分で料理するのを見守ろう」と支援の調整をするわけです。
この種の介助の背景には、認知症状ゆえの「やる気の低下」があったり、親が遠慮して子ども介護者に体調が悪いことを隠したり、認知症状が重度になることで状態を正確に家族に伝えられない等の理由で、家族側の評価や判断がより重要になってくるということが指摘されます。

(2)機能維持のための取り組み
また、本人の体調や状態に合わせて、栄養バランスを考えたり、散歩のタイミングを計ったり、外出の機会を作るなどして、身体・認知機能の維持に働きかけます。一緒に散歩に付き合うということもあるでしょう。介護予防や認知症予防の取り組みがこれだけテレビで紹介されている中で、機能維持に対する責任感を家族介護者は抱えてしまいやすいのも事実です。「本人は散歩に行きたくないと言っている。でも行かないと、機能が落ちてしまうのでは?」「認知症が進行しているのは、自分の介護が足りないのでは?」といった具合です。

(3)生活環境の整備・調整
また身体・認知機能の低下に合わせて、安全にまた本人が安心して生活できる生活環境を整えるのも家族です。季節が変わる時には衣替えをしたり、石油ストーブから、危険の少ない電気/オイルヒーターに変えたり。あるいは、認知機能低下に合わせて、よりシンプルなボタンの少ない電子レンジに買い替えるといった具合です。
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(4)コミュニケーション支援
認知症の高齢者と他者(医師や介護職、他の家族)の間に入ってコミュニケーションを手伝うこともあります。高齢家族の想いを整理して相手に伝えるといった「通訳」の役割を担うのです。なお認知機能の低下が著しい場合には、自分の知っている高齢家族の希望や意思を慮って代弁者となることもあります。このコミュニケーション支援には、「本人の想いをきちんと代弁できているのだろうか(不安)」「もっと母と話をしておけばよかった(後悔)」という難しさが伴ってしまいます。

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(5)コーディネーション支援
支援と支援をつなぐ支援をここではコーディネーション支援と称します。兄弟姉妹間で介護役割を分担するための連絡調整、共有ノートやLINEの設定、介護保険サービスを導入するための情報収集やケアマネジャーさんとの約束、面談調整、サービス利用が開始したら、今度は通所サービスに通うための荷物の準備といった、支援につなげるための支援です。

 他の家族との調整は、家族にとっては大きな負担の種となるかもしれません。なぜなら、 高齢者ご本人とそれぞれの家族の関係性は少しづつ異なります。介護には家族の関係性が関わることによって、介護において重要視することや心配事が異なります。多くの人が関われば関わるほど、誤解が生じたり、想いのすり合わせが必要となり、これがうまくいかないと負担につながってしまうわけです。

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名もなき介護の難しさ

 これらの「名もなき介護」の課題としては、まず、その努力が周囲に理解されにくい点にあります。家族が日々行うこれらの介護は、しばしば認知されにくく、その重要性や困難さが外部からは認識されにくくなります。このため、介護者が必要とする支援や労いを受ける機会を失いがちです。また、介護者自身も「理解してもらえない」と感じがちです。
 さらには、この種の支援をどこまで頑張ることがベストの介護かという「正解」がないため、どの程度の介護が最適か判断することが難しく、これが情緒的な消耗につながります。我々の研究チームは、ここで紹介した名もなき介護の多くを「供給主導型支援」と定義しています。これは、特に認知症の方等がなるべく自律(自立ではなく、オートノミーの意の自律です)して生活するために、家族が必要だと考える支援を提供することを指します。この支援の目的は、単に日常生活の困難を補助する(これを、需要ベース型支援と呼んでいます)だけでなく、ケアを受ける人の尊厳や生活の質(QOL)を維持、向上させることにあります。つまり、介護を受ける人ができる限り自分で行動できるよう支援し、その人らしさを尊重することが重視されます。しかし、このアプローチでは、介護者がどの程度の支援を提供すべきか、また介護の目標をどのように定めるかが曖昧になりがちで、これが介護者の心理的な負担や介護疲れにつながることになるわけです。需要ベース型支援は、介護を受ける人の明確なニーズに基づいて介護が行われるため、介護の目標が設定しやすく、また既存の介護保険サービスによって補填されることも可能です。

共生社会の実現に向けて

 2025年を目前に、私たちの社会が在宅介護をどのように支援していくかは、これからの大きな課題です。まずは、認知症を始めとする介護が必要な高齢者を支える家族が、どのような毎日を過ごしているか、これらの名もなき介護を認知し理解を進めること、そしてその状況を理解していると家族に伝えることが最初の重要なステップになります。また、これらの支援タスクを明確にする中で、技術の活用や、新たな介護保険サービス提供、地域コミュニティによる支援の強化を通じて、新しい介護の形を模索する必要があります。認知症を始めとする介護が必要な高齢者、その家族、そして地域社会が一体となって支えあうことで、尊厳ある生活を守る共生社会の実現に向けて前進することができると考えています。