認知症を地域で支えるためのコミュニティ参加型研究(Community-based participatory research)~高島平STUDY~

自立促進と精神保健研究チーム 杉山 美香

2023.3.15

はじめに

 超高齢社会を迎えた日本では、高齢期を健やかに自分らしく暮らし続けられるための様々な取り組みが始まっています。特に、認知症の人への支援については認知症施策推進大綱が発表され、全国各地で認知症ケアパス、認知症カフェや本人ミーティングなどの認知症当事者会も作られ、高齢社会で認知症の人の支援は拡充してきています。
 認知症と精神保健テーマでは、高齢者の心身の健康や認知機能、生活についての実態調査を行いながら認知症の人を支える仕組みづくりについて研究を行っています。研究手法としてコミュニティ参加型研究(Community-based participatory research:以下CBPR)といってコミュニティ(共同体)のメンバーとコミュニティ外からやってきた専門・非専門の参与者が、協働(コラボレーション)しながら行う実践的な研究をいいます。これは、コミュニティのメンバーの自己決定を最優先し、外部から関わる研究者の目的や意図をコミュニティとの話し合いにより民主的に決定するような研究手法です。ここでは、我々が行っているCBPRの実践例について紹介していきます。

1.高島平STUDY

 板橋区高島平地区において2016年から実施している高島平STUDYは、認知機能低下や認知症のある高齢者の生活実態を調査しています。結果、複合的な社会支援ニーズをもちながら、必要な支援にアクセスできない高齢者の現状を報告しました。2017年からは、高島平地区に認知症支援の地域の拠点「高島平ココからステーション」を開設し、コーディネーションとネットワーキングをキーワードとする「認知症とともに暮らすことのできる社会」に向けたCBPRを開始しました。
 このモデルは、認知症の当事者、地域に暮らす人々、多様な組織・団体と協働して、Rights Based Approachの観点から、希望と尊厳をもって暮らせる社会の創出をめざしています。研究成果の一部は、2018年度より東京都認知症地域支援事業として事業化されて中野区など他地域でも地域拠点が開設されています。

高島平ココからステーションについて

 Dementia Friendly Communities (DFCs) の実現にむけ、認知症と共に生きる人の権利や希望を尊重するための地域拠点として「高島平ココからステーション」は開設されました。拠点のある高島平地区の高齢化率は板橋区全体の高齢化率と比較すると非常に高く、拠点のある高島平2丁目は約45%と非常に高い地域です。また、同時に一人暮らしや夫婦のみ世帯も多く、家族や親族からの日常的な生活支援を受けられない高齢者が多く住むまちです。そして、認知症があっても自分らしく暮らし続けられる地域社会を目指すことはこの地域の重点課題でもあります。そこで我々は、地域の認知症高齢者の実態把握調査を実施し地域の関係各機関と連携しながら拠点を運営し、認知症カフェや専門職による相談事業を基軸にして、スコットランドの「認知症の人々とケアラーのための権利憲章」に示されるPANEL原則を基本理念に考案された事業プログラムを実施していいます。
 地域拠点は同地区の団地内の1階賃貸スペースで地域住民が誰でも集うことができる居場所として週に3~4日、11時~16時まで開室しています。拠点には保健・医療・福祉・心理の専門職を含む2~5名が交代で常駐し、希望があれば専門的な相談にも応じています。来所できない人には電話や訪問による支援も行っています。医療相談はボランティアで参加する精神科医師や内科医師の無償相談日を月に4~7回ほど設け、予約制で継続的な心理士の面接も行っています。より広範な支援調整が必要な場合には、地域包括支援センター、行政、最寄りの訪問診療医との連携と認知症支援体制の仕組みづくりもしています。
 拠点の利用者は、令和元年度は月間の利用者数は350名から450名程度、一日の利用者数は約30名前後でした。令和2年の2月までの利用者数は通常通りでしたが、3密についての見解が出され感染者数が増加してきた3月は利用者が258名、一日の平均利用者は18名と半減しました。その後、オープン後の利用者は7月が131名、8月が159名平均利用者数は10名程度となり、昨年度の3割から4割程度の利用となっています。利用者については固定メンバーが多いですが、ドクター相談については新規相談者も増えてきている状況です。

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図.2019年度から2020年度の来場者数の推移

 コロナ禍での地域拠点の活動内容については、緊急事態宣言を受けて一時閉室を余儀なくされましたが、直接支援ができない中で認知症の人やその家族、拠点の利用者を孤立状態にさせないことを目的とした取り組みを実施しました。拠点利用者や支援対象者への情報提供や交流を目的とした「ココから通信」の発行と郵送、電話を用いた保健師らの支援、地域連携の強化とICTを活用したオンライン会議の実施などを課題として取り組んでいます。拠点の再開にあたっては拠点利用の新様式や運営のガイドラインを作成しました。再開後は、コーヒー提供などの飲食の禁止などを行い、フィジカル・ディスタンスを確保しながら居場所としての機能を確保しています。また、感染症予防対策を行いながらの囲碁の実施や参加型アートプログラムなど新規のアクティビティ取り組みを開始するなど様々な工夫を行っています。また、月1回の認知症本人ミーテング「ココから話そう会」を継続し、各回10名程度の参加がありました。認知症当事者との協働として、主体的に認知症を学ぶ「認知症ゼミナール」も実施しています。高島平ココからステーションについてさらに詳しく知りたい方はFacebookページ(https://www.facebook.com/t.cocokara.st/)も開設しておりますのでご覧ください。

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ココから話そう会の様子              アートプログラムの様子

【文献】

1)地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所 (2018)「平成28・29年度認知症とともに暮らせる社会に向けた地域ケアモデル事業報告書」東京都福祉保健局
  ケアモデル事業報告書
2) 地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター(2018)「認知症とともに暮らせる社会に向けて,コーディネーションとネットワーキングの手引き」東京都福祉保健局
  コーディネーションとネットワーキングの手引き
3)地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター(2020)「認知症とともに暮らせる社会に向けて,コーディネーションとネットワーキングの手引き 地域づくりの手引き2020年改訂版」東京都福祉保健局
  地域づくりの手引き2020年改訂版
4) Okamura T, Ura C, Sugiyama M, Ogawa M, Inagaki H, Miyamae F, Edahiro A, Kugimiya Y, Okamura M, Yamashita M, Awata S: Everyday challenges facing high-risk older people living in the community: A community-based participatory study. BMC Geriatrics, 2020; 20: 68.Published online 2020 Feb 17. doi: 10.1186/s12877-020-1470-y
5) Ura C, Okamura T, Inagaki H, Ogawa M, Niikawa H, Edahiro A, Sugiyama M, Miyamae F, Sakuma N, Furuta K, Hatakeyama A, Ogisawa F, Konno M, Suzuki T, Awata S: Characteristics of detected and undetected dementia among community-dwelling older people in Metropolitan Tokyo. Geriatrics & Gerontology International, 2020 Jun;20(6):564-570. doi: 10.1111/ggi.13924.
6)Ayako Edahiro Tsuyoshi Okamura Yoshiko Motohashi Chika Takahashi Mika Sugiyama Fumiko Miyamae Tsutomu Taga Chiaki Ura Riko Nakayama Mari Yamashita Shuichi Awata; Oral health as an opportunity to support isolated people with dementia: useful information during coronavirus disease 2019 pandemic. PSYCHOGERIATRICS 2020, September; doi:10.1111/psyg.12621
7)杉山美香 岡村毅 小川まどか 宮前史子 枝広あや子 宇良千秋 稲垣宏樹 釘宮由紀子 岡村睦子 森倉三男 見城澄子 佐久間尚子 粟田主一. 大都市の大規模集合住宅地に認知症支援のための地域拠点をつくる-Dementia Friendly Communities創出に向けての高島平ココからステーションの取り組み-認知症ケア学会誌 2020; 18: 847-854
8)岡村毅,杉山美香,小川まどか,稲垣宏樹,宇良千秋,宮前史子,枝広あや子,釘宮由紀子,岡村睦子,森倉三男,粟田主一.地域在住高齢者の医療の手前のニーズ:地域に拠点を作り医療相談をしてわかったこと.認知症ケア学会誌 印刷中
9)宮前史子 居場所と仲間はどんな効果をもたらしたか?―東京都内団地での取り組み例―.認知症ケア事例ジャーナル 2020;13₋2,107₋112
10)枝広あや子,岡村毅,杉山美香,小川まどか,稲垣宏樹,宇良千秋,宮前史子,釘宮由紀子,森倉三男,岡村睦子,中山莉子,多賀努,山下真里,津田修治,井藤佳恵,粟田主一.認知症などの困難を抱えた高齢者に対する地域における歯科口腔保健相談の意義と方法論‐権利ベースのアプローチという観点から‐.認知症ケア学会誌2021; 20(3): 435-445
11)岡村毅, 杉山美香. 新型コロナウイルス感染症下における大都市の大規模集合住宅に住む高齢者の支援. 老年精神医学雑誌 32(4): 460-467,(2021)査読なし
12)杉山美香.新型コロナ流行下において認知症支援のための地域拠点が行った困難事例への支援.老年精神医学雑誌32(9);953-959(2021) 査読なし
13)杉山美香 認知症支援のために地域の居場所ができること―COVID-19影響下の高島平ココからステーションの取り組み―.認知症ケア事例ジャーナル第13巻第3号.220-230(2020)査読なし