ミトコンドリアと老化・遺伝性疾患

老化制御研究チーム 藤田 泰典

ミトコンドリア

 私たちのからだの細胞にはミトコンドリアと呼ばれる小器官があります。ミトコンドリアの代表的な働きはエネルギーの元になるアデノシン三リン酸(ATP)をつくることです。細胞の生存・働きにはエネルギーが不可欠であるため、ミトコンドリアはとても重要な役割を担っています。ミトコンドリアにおけるATP産生には5種類のタンパク質複合体が深く関わっており、これらを呼吸鎖複合体と呼びます(図1)。

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 遺伝情報が記されたDNAは細胞核に収められていますが、実はミトコンドリアの中にもミトコンドリアDNAと呼ばれるDNAが存在しています。核内のDNAにコードされている遺伝子が約2万個であるのに対して、ミトコンドリアDNAにはわずか37個の遺伝子しかコードされていません。しかし、呼吸鎖複合体を構成する重要なタンパク質の一部がミトコンドリアDNAからつくられています。ATPが産生される過程において呼吸鎖複合体から微量の活性酸素種が発生することが知られています。呼吸鎖複合体に障害が起こると、ATP産生の低下だけでなく、活性酸素種が過剰に産生され、酸化ストレスが引き起こされます。このような呼吸鎖の障害は病気や老化と関係するものと考えられています。

ミトコンドリアと複製老化

 私たちの体の細胞は大きく分裂細胞と非分裂細胞に分けられます。前者の分裂能を有する細胞にも分裂できる回数に限りがあり、やがて増殖する能力を失います。これが1961年に発見されたヘイフリック限界です。分裂細胞がこの限界を迎え、不可逆的に細胞分裂を停止した状態を複製老化と呼びます。私たちの体の細胞は体外のお皿の上で育てることができます。これを培養細胞と呼びます。複製老化は培養細胞で発見された現象ですが、複製老化の特徴をもつ細胞が高齢動物や高齢者の組織や臓器中で観察されています。そのため、培養細胞の複製老化メカニズムと私たちの体の分裂細胞が老化するメカニズムには共通性があると考えられます。
 従来から、ミトコンドリア機能異常とそれに伴う活性酸素種の増加が複製老化を引き起こすと考えられてきました。そこで、私たちは分裂細胞であるヒト肺線維芽細胞を用いて複製老化過程のミトコンドリアを詳細に解析してみました。これまでの報告と同様、複製老化後のヒト線維芽細胞で、ミトコンドリア呼吸鎖機能の低下と活性酸素種の上昇が観察されました。ところが、興味深いことに、複製老化直前ではミトコンドリア呼吸鎖機能は低下しておらず、活性酸素種も増加していませんでした。すでに複製老化の直前には、分裂速度の低下が始まっています。この発見から、ミトコンドリア機能異常に伴う活性酸素種の増加は複製老化完了後に起こる現象で、複製老化の開始から完了に至るまでのメカニズムには関与していない可能性が示されました(図2、参考文献1)。

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ミトコンドリア病とGDF15

 ミトコンドリア病はミトコンドリアの働きが低下することで発症する病気の総称で、原因となる多数の遺伝子変異がミトコンドリアDNAと核DNAの両方で見つかっています。ミトコンドリアは体中のほとんどの細胞に存在するため、ミトコンドリア病の症状は様々な組織や臓器に現れます。その中でも、ミトコンドリアが活発に働いている脳や、心臓、骨格筋に症状が現れやすい傾向にあります。しかし、発症時期や症状の種類・重症度は様々で、ミトコンドリア病かどうかを診断するのに有用な新たなバイオマーカーの開発が求められていました。
 私たちは、ミトコンドリア病の細胞モデルを解析して、ミトコンドリアDNAに遺伝子変異を有する細胞では、growth differentiation factor 15 (GDF15)の遺伝子が活性化し、GDF15タンパク質の分泌が増加していることを見出しました(図3、参考文献2)。さらに私たちは、久留米大学との共同研究により、ミトコンドリア病患者では血液中のGDF15タンパク質が顕著に増加していることを突き止め、GDF15がミトコンドリア病のバイオマーカーになることを明らかにしました(図3、参考文献3)。

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 これらの成果を元に、臨床検査薬会社による診断薬の開発が行われ、2021年には体外診断用医薬品としての製造販売が承認されています。今後、実際にGDF15を指標にした検査が実施されるようになり、ミトコンドリア病の早期診断に役立つことが期待されます。
 血液中のGDF15タンパク質は、健常人においても加齢と共に少しずつ増加することが分かっています。また、血中GDF15濃度と高齢者の健康状態との関連性も報告されており、GDF15は老化や老化関連疾患の尺度となる老化マーカーの候補としても注目されています。

おわりに

 ミトコンドリアの機能異常は高齢個体で観察され、老化との関係が注目されてきました。細胞が老化するメカニズムは細胞の種類によって異なる可能性があり、ミトコンドリア機能異常との関連性にも相違があると考えられます。私たちは、最新の研究で、分裂細胞の複製老化メカニズムにはミトコンドリア機能異常が関与しない可能性を示しました。今後、様々な分裂細胞や非分裂細胞を解析し、おのおの異なる細胞老化メカニズムに対して、ミトコンドリア機能異常がどの様に関与するのかを明らかにすることが重要です。また、ミトコンドリア機能異常は一般的に呼吸鎖機能の異常を指すことが多いですが、ミトコンドリアはATP産生以外にも多くの働きを担っています。老化とミトコンドリアの関係を解明するには、より多角的なミトコンドリアの解析が必要です。

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【参考文献】

  1. Fujita Y, Iketani M, Ito M, Ohsawa I. Temporal changes in mitochondrial function and reactive oxygen species generation during the development of replicative senescence in huma fibroblasts. Exp Gerontol 165:111866, 2022.
  2. Fujita Y, Ito M, Kojima T, Yatsuga S, Koga Y, Tanaka M. GDF15 is a novel biomarker to evaluate efficacy of pyruvate therapy for mitochondrial diseases. Mitochondrion 20: 34-42, 2015.
  3. Yatsuga S, Fujita Y, Ishii A, Fukumoto Y, Arahata H, Kakuma T, Kojima T, Ito M, Tanaka M, Saiki R, Koga Y. Growth differentiation factor 15 as a useful biomarker for mitochondrial disorders. Ann Neurol 78:814-23, 2015.