口から食べると、元気がでますよね。これは、栄養の問題だけではないようです。というのは、高齢者の医療・介護の現場では、口から食べる代わりに、胃や血管から栄養を補っても、元気が出ないことがよくあるからです。これはなぜなのでしょうか?
私たちは最近、飲み込むときにのどが刺激されると、甲状腺から健康に大事なホルモン(体内で作られ、血液によって全身に運ばれ、特定の細胞に作用する化学物質)が分泌されることを発見しました。
甲状腺は、のどの前面に張り付いている大きな内分泌腺です。甲状腺は、全身の代謝を調節する大切なホルモンである『サイロキシン』や『カルシトニン』を分泌しています。サイロキシンは全身の多くの細胞に働いて代謝を活発にします。サイロキシンが足りなくなると、冷え性やうつ症状を伴う、甲状腺機能低下症という病気になり、ときには認知症に間違えられることもあります。カルシトニンは骨の細胞に働いて、骨を丈夫にする作用があります。また、痛みを和らげる作用もあります。
甲状腺からのホルモンの分泌は、血液によって運ばれてくる化学物質によって調節されることが知られています。サイロキシンは下垂体という内分泌腺から分泌されたホルモンによって調節され、カルシトニンは血液中のカルシウムによって調節されます(図1A)。
また、甲状腺には自律神経も豊富に分布しています。自律神経は、内臓の働きを調節する神経です。神経による調節では、電気信号がつかわれるため、血液を介する調節よりも、素早い調節が可能です。自律神経には交感神経と副交感神経という、反対の作用をもつ2つの神経があり、両者がバランス良く働くことで、私たちの健康は維持されます。
図1 これまで知られていたしくみ
自律神経のうち副交感神経は、食物の消化を良くするのに大切な神経です。食事のときには、副交感神経の働きが高まって唾液の分泌が増え、胃腸のはたらきも活発になって食物の消化が進みます(図1B)。そこで私たちは、食事のときに甲状腺につながる副交感神経も活発になり、甲状腺からのホルモンの分泌がふえるのではないかと考えました。
私たちは、麻酔をかけたネズミ(ラット)を使って、甲状腺から出てくる血液を採取し、そこに含まれるサイロキシンとカルシトニンを測定しました。甲状腺につながる副交感神経を電気刺激によって活性化すると、甲状腺からのサイロキシンとカルシトニンの分泌が、刺激中に2―3倍に増加しました(図2A)。
図2 甲状腺からのホルモン分泌の新たなしくみ
そこで次に、食べ物がのどを通る刺激によって、甲状腺からのホルモンの分泌が増えるかを調べました。やわらかいバルーンを口からのどに出し入れすることで、麻酔をかけたラットののどを刺激しました。のどの刺激中、サイロキシンとカルシトニンの分泌が、刺激前の約2倍に増加しました(図2B)。この反応は、のどに物が触れたことを脳に伝える神経が刺激され、甲状腺につながる副交感神経が活性化することで起こることも明らかになりました。この反応は、のどの刺激によって自動的に起こる反応(このような反応を「反射」といいます)です。
以上の結果から、食べ物を飲み込むときには、のどからの情報によって甲状腺につながる副交感神経が活性化する反射が起こり、サイロキシンとカルシトニンの分泌が高まると考えられます(図3)。サイロキシンは、全身の細胞の代謝を高め、精神機能も活性化します。カルシトニンは骨の細胞に作用して骨を強くします。このように、口から食べることが心身の健康維持につながるしくみが、私たちの身体にもともと備わっているといえます。
食物を飲み込むという「のどの機能」を維持することは、食物が誤って肺に入るのを防ぐのに大切です。しかしそれだけではなく、私たちの最新の研究から、口から食べて飲み込めることは心身の健康の維持や健康長寿に関わるという科学的根拠が少しずつ見えてきたところです。
図3 食べ物を飲み込むとき、のどが刺激されることで心身の健康が維持されるしくみ
1)Iimura et al. (2019) Thyroxin and calcitonin secretion into thyroid venous blood is regulated by pharyngeal mechanical stimulation in anesthetized rats. J Physiol Sci. 69: 749.
2)Hotta et al. (2017) Modulation of calcitonin, parathyroid hormone, and thyroid hormone secretion by electrical stimulation of sympathetic and parasympathetic nerves in anesthetized rats. Front Neurosci. 11: 375.