DESH(デッシュ) をチェック~水頭症を見過ごさないために~
リハビリテーション科 部長 兼 センター長特任補佐 近藤 和泉(こんどう いずみ)
7月からリハビリテーション科に着任した近藤です。リハビリテーション科では、物を飲み込むこと(嚥下)に対するリハビリや研究を熱心に行っており、それに関連して今回は、嚥下に問題があるお年寄りがお飲みになる汁物や水分に、なぜ「とろみ」をつけるのかについて、考えてみたいと思います。
のどの奥は、縦に長い管の様な構造になっています( 図1, 2)。縦に長い理由は、人間が他の動物と違って声を出す動物であり、この笛の胴に似た部分で音を共鳴させて、様々な種類の声を出すためとも言われています。これで話をすることが容易になったのですが、この部分が長いため、飲み込んだ食べ物が通る時に誤って、呼吸をするための管(気管)に入ってしまうことが起こりやすくなります(図3)。このことを「誤嚥」と言います。
図1 のどの奥の構造
図2 食べ物と呼吸時の空気の通り道 図3 誤嚥
1) 食べ物が間違って入ってしまったことを検知する感覚
まず大事なのは、のどや口の感覚です。のどの奥の感覚は、口の中の感覚とは異なります。口の中では食べ物がどこにあるのかわかります。これは「位置を知るための感覚」です。のどの奥では、食べ物がどこにあるかはわかりません。ただし食べ物がどのくらい入っているかと、呼吸をじゃまするような場所に食べ物が入っているかどうかを知ることはできます。食べ物がいっぱい入りすぎて息ができなくなったり、呼吸をする管に食べ物が入ってつまってしまったら、危険ですよね? このため、のどの奥の感覚は「危険を検知するための感覚」です。
2) 危険を検知して、むせるように指令する中枢
脳の根本の首に近い部分に延髄という神経がたくさん集まった場所があります。のどの奥の危険を知らせる感覚はここに伝えられます。ここから指令が出て、肺の周りにある筋肉を強く勢いよく収縮させ、肺から空気を押し出して、強い空気の流れを作ります。この空気の圧で、間違った場所に入ったり、つまってしまった食べ物が押し出されます。この強い空気の流れを作る動作が「むせ」です。
高齢になるとのどの奥の感覚が徐々に鈍くなってきます。一見何もないようなお年寄りを病院で検査している時、のどの奥にたくさん食べ物がたまっているので「今食べたものを全部飲みましたか?」と聞くと「ちゃんと飲んだ」と答える方が、たくさんおられます。また脳卒中などの脳の障害の初期では、延髄を含めた脳全体の機能が落ちているため、気管に食べ物が入っても全くむせない時があります。むせることができないと、間違って気管に入ってしまった食べ物を押し出すことができず、肺炎を起こす原因となります。
水分は、他の食べ物に比べて、のどの奥を通過する速度が速いことがわかっています。水は飲み込みやすいというイメージがあるため意外かもしれませんが、飲み込むことが最も難しいのは水分なのです。誤嚥で一番多いのも水分の誤嚥であり、他の食べ物に比べるとその頻度は圧倒的です。一方、年を取ると筋肉や神経の衰えで、のどで食べ物を通過させる速度が遅くなってくることが、最近の新しいCTを使った研究で、わかって来ました(図4)。
図4 年齢による嚥下速度の違い
外から見ると何も問題がないように見えるお年寄りに検査を行うと、水分を誤嚥している方がおられます。
「とろみ(専門用語で「増粘剤」と言います)」をお茶や、汁物に溶かしていただくと、のどの奥を通過する速度が遅くなり、高齢者でのどの機能が衰えていても、それで対応出来るようになります。家庭でよく「むせ」たり、「むせ」が無くても、肺炎を繰り返すお年寄りの場合は、水分誤嚥の可能性があります。検査しないと水分誤嚥が起こっていることがわからない場合がありますので、専門の医療機関に相談していただけると安心ですね。
脳神経外科 専門部長 高梨 成彦(たかなし しげひこ)
歳をとると足腰が弱ってふらついて転びやすくなりますよね。もの忘れも進んでぼんやりして、尿が近くなって漏れることも多くなります。「正常圧水頭症」もそれと似たような症状が出てきます。そのため「老化だからしょうがない」と見過ごされやすい病気です。でも溜まった水=髄液を抜く手術をすれば良くなりますので、あきらめることはありません。
そのように見過ごされやすいので水頭症患者のうち病院を受診しているのは1割くらいしかいないと推測されています。また水頭症と診断がつく前に1/4ほどが転んで脊椎や大腿骨の骨折を負っていたという報告があります。さらに治療が遅くなった患者は死亡率が高くなっていたという報告もあります(グラフ1)。見過ごされた水頭症の患者さんが転んで足の骨を折って歩けなくなってしまったり、徐々に弱って亡くなられたりしているのかもしれません。早く診断して適切に治療しなければいけないですね。
グラフ1 特発性正常水頭症(iNPH)患者における治療開始時期と生存率の関係
水頭症の患者さんを診断するために役にたつのが、CT やMRI 検査でのDESHという所見です。
図1 は水頭症患者と水頭症ではない患者のCT が並んでいます。どちらも脳室という髄液が入っている部屋が大きくなっています。水頭症ではない患者さんは髄液が溜まっていないのですが、歳をとって脳が縮むとスキマは拡がるので脳室も大きくなります。脳室だけを見ていると水頭症患者と脳が縮んだ高齢者とを見分けられません。
そこで私たちは頭頂部の脳のシワ、脳溝を見ます。水頭症でないとスキマ=脳溝が拡がっていますが、水頭症患者では狭くなっています。
髄液が溜まると脳が頭頂部にむかって押し上げられます。すると脳溝が骨に押し付けられて平らに狭くなるのです。これをDESH=Disproportionately Enlarged Subarachnoid-space Hydrocephalus( くも膜下腔が不均一に拡大した水頭症)と呼びます。頭頂部の溝だけ狭くなるので不均一ということです。DESHが認められれば水頭症のシャント手術が効きやすく、8割の患者で歩行が改善したという報告があります。
図1 水頭症患者と水頭症ではない患者のCT 画像
当センターでは他の科で他の目的で撮影した検査でDESHが見つかった場合でも、脳神経外科に相談をいただいています。それまでは本人が気にしていなかった症状がこれをきっかけに自覚されることがあります。
また初めは症状が無くても3年ほどすると半分くらいに症状が出てきたという報告があります。
皆さんも検査を受けたらDESH がなかったか自分で確認しましょう。たとえば頭部を打撲して救急外来でCT 検査を受けたときはDESHでなかったか担当の先生にきいてみましょう。救急の現場は脳挫傷や脳出血といった一刻をあらそう病気の診断が優先されますから、水頭症については説明が不十分になってしまうことがあります。DESHであったとわかれば水頭症専門外来で経験豊富な医師がご相談にのります。その後の診断と治療についてはホームページをご参照ください。
臨床心理科 科長代理 扇澤 史子(おおぎさわ ふみこ)
これまで当センターでは、心理の専門職(心理士)は一部の診療科に分かれて所属していましたが、2024 年4 月より一つの部門に統合され、「臨床心理科」が発足しました。この新しい体制では、これまでの経験や専門性を集めて互いに学び合い、患者様とご家族への心理支援をさらに充実させることを目指しております。
心理士は、心理アセスメント(心理学的評価や心理検査など)を通して、認知機能や人格などの状態を把握し、その結果をもとに心理支援を行う「こころの専門家」です。当科の心理士は全員が、「公認心理師(国家資格)」と「臨床心理士(民間資格)」の両方の資格を持っています。
主な活動内容は、物忘れ外来・脳神経内科・精神科・リハビリテーション科・脳神経外科(水頭症外来)での心理アセスメントや、がんと診断された方への心理支援です。病棟では、多職種チームの一員として、入院患者様を対象に認知症や精神的症状への支援を行っています。
一般に私たちは年齢を重ねると、様々な病気にかかることが多くなります。中には、治療によって回復が望める病気もあれば、長く付き合っていく必要のある病気、あるいは回復が難しい病気も
あります。そうした病気の全経過を通して、私たちは、患者様やご家族が少しでも希望をもって、ご自分らしい生活が続けられるように、お一人おひとりの状態や背景に応じた適切な心理支援を提供できるよう努めてまいります。
4 月に入職した新人看護師が、安全・感染・電子カルテ記録などの基本的な知識・技術を学ぶ研修を行いました。
「急変時対応の基礎」の演習では、専用の人形で1 分間に100 ~ 120 回の胸骨圧迫を体験しました。
「急変は初期対応が鍵となり、異常の早期発見に努めていく必要があると感じました。今後も定期的に手順の確認を怠らずにしていきたいと思います」