ブレインバンク公開講座「次世代のために~健やかなあたまとからだのために~」レポート

老年病理学研究チーム(高齢者ブレインバンク) 齊藤祐子

緒言

 高齢者ブレインバンクは、前責任者の村山繁雄が、1997年に当施設に赴任時に創設開始となった事業です。1972年からの神経病理診断の歴史があり、全身を含めた標本は国際的にも類をみない蓄積がありました。それらの神経病理の標本について、広く研究者にオープンにして倫理委員会の承認の元で利活用してもらっています。さらに公的な競争的研究費を継続して獲得することができ、脳凍結や生前ドナー登録システムの構築などを開始し、現在に至ります。臨床医や、一般病理医との丁寧な一例一例の診断に始まり、縦断的な臨床情報、画像情報、バイオマーカーのデータを伴った豊富な検体の検索によるデータの解析(動的神経病理)、教育、基礎研究者との共同研究に重点を置いて活動を展開してきております。近年は海外との共同研究により、先端的な研究成果も得られるようになってきております。このような活動に対し、2007年に石原都知事から都知事賞、2008年には、本邦では初めて米国神経病理学会からMoor賞を得るなど、各種表彰を頂いております。
 また、生前ドナー登録システムに関連して、これまで年1回、市民向けの公開講座を開催し、テーマを決めて、その最新の話題や治療法等をその第一線で活躍されている先生をお招きし、ご好評を得てきておりました。しかし、コロナ渦で、2019年以降開催することが出来ずにおりました。そのような中、各種学会や本研究所からのウェブ発信もさかんになったことから、ウェブでの公開講座を開催するに至りました。対象が御高齢の方が多いので不安もありましたが、予想を上回っての視聴及び質問も頂いており、今後もしばらくはこの形式で講座を定期開催して参りたいと思います。

 今回はその公開講座の内容について報告致します。
 第1部は、2020年4月に赴任され、認知症の第一任者である岩田淳脳神経内科部長に、第2部は、現常勤特任研究員(脳神経内科兼務)、大阪大学常勤特任教授(クロスアポイント)村山繁雄に講演いただきました。

第1部 「認知症ってどうやって診断するの?研究の最前線は?」岩田淳

 認知症とは、脳の「考える力」や「記憶力」などが、病気やけがにより進行性に悪化して、日常の様々なこと(日常生活動作と呼びます)で「助けが必要な」状態になることです。うつ病などの精神疾患でも同様の状態になることに注意が必要です。日常生活動作とは、炊事、掃除、洗濯を中心に、買い物、排せつ、入浴、食事などを含みます。
 認知症の診断基準として代表的なものに、ICD-10(国際保健機構(WHO)国際疾病分類)、NIA-AA(米国国立老化研究所・アルツハイマー病協会合同作業グループ)基準、DSM-5(アメリカ精神医学会精神障害の診断と統計の手引き)の三つがありますが、「何かの数値がいくら以上だったら認知症です」とか、「認知機能の検査が何点以下だったら認知症です」ということは一切書かれていません。
 認知症の原因として、アルツハイマー病は半数を占め最も多いですが、全てではありません。アルツハイマー病は、もともと脳内に存在するたんぱく質が毒性の高い状態に変化して「溜まり」神経細胞が傷害される、「変性性認知症」の一つです。溜まるたんぱく質は違いますが、他にもレビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などが含まれます。それ以外にも、血管性認知症や正常圧水頭症など、さまざまな病気が背景にあります。
 アルツハイマー病の原因は、アミロイドベータ蛋白とタウ蛋白が毒性の高い状態に変化して脳に溜まっていき、海馬など大事な部位が萎縮します。ただし、MRI検査で海馬だけをみて、アルツハイマー病とは診断できません。近年PETという検査で、脳の中にアミロイドとタウが溜まっていることが分かるようになりました。しかし、PETは検査費用が高額で、検査施設も限られます。
 それに代わるものとして、脳脊髄液検査があります。ベッドに横になっていただき、腰の骨と骨の間から脊髄へ針をさし、その奥に脳と脊髄の中を流れている液を採取して調べる方法です。当施設の認知症診断は、脳のMRI画像と脳脊髄検査を組み合わせることで最高レベルの信頼性が確保できていると自負しております。
 治療について、アミロイドやタウを無くすことを目的とする、根治療法薬の開発が進んでいます。その薬の開発には、実際にアミロイドが溜まっている人に対して、薬の効果を確かめる治験に参加してもらう必要があります。そして、脳のアミロイドを実際に取り除くことで進行を抑えてくれることを確かめる必要があります。
 実はアミロイドの蓄積は認知症の症状が出る20年も前から始まっていることが明らかとなってきました。このアミロイドの蓄積を認めても症状が出ていない間は「前臨床期(preclinical)と言います。軽い症状が出現している軽度認知機能障害(MCI)の人たちに介入しての発症予防が、現在の研究の主流です。しかし「前臨床期」の人たちを探すのは容易ではありません。
 実は脳にアミロイドが溜まっていることが、血液検査で判断できるような技術が確立され、ほぼ実用化のところまできています。これが実用化されれば、近い将来健康診断で、アミロイドが溜まっている陽性者を篩(ふるい)にかけることができ、脳脊髄液やPET検査で精査を必要とする人たちを大幅に絞り込むことが可能になります。更には血液検査でアルツハイマー病を診断できるようになるかもしれません。そうすれば、アルツハイマー病という病が克服できる日がくるのではないかと考えています。

 そこで現在行っている新しい研究について、お伝えします。
 
ひとつは新しいアルツハイマー病研究のサイトになります。J-TRAC(ジェイ トラック)という認知症予防薬の開発をめざすインターネット登録研究です。アルツハイマー型認知症の発症リスクを持つ可能性のある方を、認知機能の経過を追うことによって見つけ出し、アルツハイマー病予防薬の臨床試験をご紹介するなどを可能とすることにあります。
 まずは簡単な情報を入力頂いた後にインターネット上で認知機能検査を受けて頂きます。検査自体はやり方は簡単なのですが、難易度が高めに設定されています。是非根気よく受けてください。検査は3ヶ月毎に受けていただくように案内が来ます。その結果、もしかしたらアルツハイマー型認知症の発症リスクをかかえておられるのではないかと判定された方には、J-TRC研究に関係する医療機関にお越しいただき、総合的な評価を受けていただく機会をご案内します。ご興味がある方はぜひ上記URLを御確認ください。

 当センターでは「認知症未来社会創造センター」という事業がスタートしました。
 来院された患者さんの様々な臨床情報、検査結果や検査で余った血液などをご提供いただき、医療、創薬につなげていく新しい仕組みです。それには、皆さまのご参加がとても重要です。ぜひ一緒に東京から新しい医療を発信していきませんか。皆さまのご協力が新しい医療を作っていきます。どうぞご協力をよろしくお願いいたします。

第2部 「日本ブレインバンクネットワーク 関西拠点の構築」村山繁雄

 私は、2011年から文部科学省支援のもと、日本神経科学ブレインバンクネットワークを高齢者ブレインバンクのコアとして構築しました。2020年からは関西拠点構築のために大阪大学に赴任し、国立大学機構として初めてのブレインバンク部門を創設しました。
 日本神経病理学会ブレインバンク委員会は1988年に創設され、現在その委員長として日本のブレインバンクネットワークの構築をライフラークとしています。神経病理診断と後継者の育成のため、全国の施設に赴いています。
 大阪は私の故郷ですが、高齢者ブレインバンクと連携しながら生前献脳事前同意登録制を根付かせることに加え、気分障害と発達障害のブレインバンクを構築について、連合小児発達学研究科子どものこころの分子統御機構研究センター、法医学教室と連携をとりながらすすめています。
 高齢者ブレインバンクは私が赴任した1997年に創設しました。生前ドナー登録システムを常勤コーディネーターを通じて展開し、国際的に認知された本邦随一のブレインバンクです。今後ともご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。

【参考】ブレインバンクの現状(図)

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図1 献脳ドナー登録者の推移

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図2 事前同意時の疾患

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図3 ブレインバンク登録数