リーダー |
研究部長 小野 悠介 |
---|---|
非常勤研究員 |
沖野 良輔、合田 祐貴 |
共同研究者(熊本大学発生医学研究所) |
藤巻 慎、堀居 直希、オルツステ キロガ ハスカール ペドロ、中村 晃大、入谷 翔万、澤田 航太、三雲 陽子、権 瑞方 |
骨格筋、サルコペニア、筋老化、筋萎縮、筋肥大、筋可塑性、筋適応、筋エネルギー代謝、筋再生、サテライト細胞、筋幹細胞、不均一性、ステムネス、位置特異性、ポジショナルメモリー、マッスルメモリー、マイオカイン、臓器連関、筋ジストロフィー、FSHD、幹細胞治療、再生医療
近年、我が国をはじめ世界的に高齢化が進行しており、それにともない増加の一途を辿る加齢性筋脆弱症(サルコペニア)が社会問題として顕在化してきました。サルコペニアを発症すると日常生活に支障をきたし、要介護リスクが増大します。骨格筋は、日常動作を司る運動器としての役割に加え、生体内最大のエネルギー代謝臓器であることから、その量や質の低下は糖尿病などの代謝性疾患の発症の引き金になります。したがって、骨格筋を生涯にわたって健常に維持することは、人生100年時代を豊かに生き抜くカギであり、膨大な医療費の削減と健康長寿社会の実現につながります。
骨格筋は、筋力トレーニング等により負荷をかけると肥大し、逆に、運動不足、長期入院、ギブス固定での生活によって不活動状態が続くと萎縮するといった極めて可塑性に富む組織です。一方、骨格筋は激しい運動や打撲等によって損傷しても速やかに再生されます。この再生には、骨格筋の組織幹細胞であるサテライト細胞の働きが欠かせません。サテライト細胞は、筋再生のみならず、生後の筋肉の成長や筋力トレーニングによる筋肥大においても重要な役割を担います。サテライト細胞は筋再生治療への応用が期待される一方で、加齢や筋疾患においてその数や機能が低下することが知られています。当研究チームは、骨格筋の可塑性や再生の基盤的な仕組みを解明するとともに、加齢や疾患によりその仕組みが破綻するメカニズムをさまざまな角度から包括的かつ統合的に理解することで、健康寿命延伸に資する筋老化制御技術の開発に取り組みます。
骨格筋は、身体的低活動、糖尿病、加齢、がん、急性・慢性炎症等、さまざまな状態・疾患等により萎縮します。これまで筋萎縮を誘導する上流のメカニズムについてはほとんどわかっていませんでした。近年、私たちは、身体的低活動や糖尿病の状態では血管内皮細胞から、Notchリガンドの1つであるDll4が可溶型で放出され、筋線維に発現するNotch2受容体を活性化し筋萎縮を引き起こす分子機序を発見しました(Nature Metab 2022; Methods Mol Biol 2023)。この成果は、血管由来の可溶型Dll4は、低活動のメカニカルな脱負荷と高血糖のメタボリックな過負荷という異なる状態により誘導される筋萎縮において、共通した上流シグナルとして機能することを示すものです。今後、Dll4-Notch2軸の詳細な分子機序や加齢との関連を解明し、サルコペニアに対する予防治療法開発を進めていきます。
また、甲状腺ホルモンやエストロゲンなどのホルモンを含む生体内環境によって骨格筋の量が制御される側面(FASEB J 2016; J Endocrinol 2016; Nutrients 2017; Stem Cell Rep 2020b; Acta Physiol 2021)や、骨格筋の多臓器連関(FASEB J 2018; Front Cell Dev Biol 2019)にも焦点を当て、筋老化との関連を明らかにしていきます。
骨格筋の大きさや形状は解剖学的に多様であり,その機能も身体動作のみならず,姿勢維持,呼吸,咀嚼,嚥下,表情表出等と多岐にわたります。近年、骨格筋の性質は全身を通して均一ではないことがわかってきました。私たちは、サテライト細胞の機能や遺伝子発現パターン、筋再生能、あるいは加齢や疾患による萎縮感受性は、骨格筋の部位により大きく異なることを報告してきました(Dev Biol 2010; Sci Adv 2021; Acta Physiol 2021)。このことから、高い筋再生能や筋萎縮抵抗性を保持する部位の分子基盤を解明することで、脆弱化しやすい部位を制御するためのヒントが得られると予想しています。また、私たちは、部位特異性の理解の糸口として、胎児発生過程で形成される「位置記憶(ポジショナルメモリー)」が成体の骨格筋およびサテライト細胞に内在(残存)することに着目しています(Sci Adv 2021)。ポジショナルメモリーの理解と制御を目指し、マウスを用いて全身のさまざまな部位から採取した骨格筋およびサテライト細胞の遺伝子発現アトラスの作成に現在取り組んでおり、骨格筋の位置情報の全容解明に迫ります。
一方、運動トレーニングによる筋肥大効率や代謝的適応力には個人差があります。この個人差は遺伝的な背景だけでは説明できません。私たちは、個人差を生み出す要因として、過去の活動経験を記憶して維持する骨格筋の後天的な性質変化である「マッスルメモリー」という概念に注目しています。マッスルメモリーは,身体適応のトレーナビリティーの根幹を支える重要な機能を担っている可能性がありますが、経験的な現象論に留まっています。当研究チームは、マルチオミクス技術やマウス遺伝学を駆使してマッスルメモリーの分子基盤の解明を進めています。
先天的形質であるポジショナルメモリーと後天的な獲得形質であるマッスルメモリーの両面からアプローチすることで、骨格筋の質を規定する制御機構の頑強性と柔軟性を包括的に理解できると考えています。
サテライト細胞は骨格筋の再生や適応の中心を担っています。サテライト細胞は、転写因子であるPax7を発現マーカーとし、通常休止期の状態で存在していますが、筋損傷等の刺激により速やかに活性化し増殖することで再生に必要な数の筋前駆細胞(筋芽細胞)を生み出します。増殖後、筋芽細胞は分化に運命付けられ、互いにあるいは既存の筋線維に融合することで最終分化を遂げます。一方、一部の筋芽細胞は分化せず、再び休止期の状態に戻り自己複製することでサテライト細胞プールを維持します。
私たちは、サテライト細胞の幹細胞治療応用を目指しており、サテライト細胞の増殖、分化、融合、自己複製の運命決定を調節する分子メカニズムの解明に取り組んでいます(Cell Rep 2015; Physiol Rep 2015; Stem Cells 2018; Stem Cell Rep 2020a; Stem Cell Rep 2020b)。また、サテライト細胞集団の機能的不均一性に着目しており(J Cell Sci 2009; Dev Biol 2010; Cell Death Differ 2011; J Cell Sci 2012)、ステムネスを保持する一部の集団の分子特性やその加齢変容を解明し、幹細胞制御技術開発に応用します。
当研究チームはサテライト細胞を理解し制御するための新たな培養法の開発にも取り組んでいます(Method Mol Biol 2016; Front Cell Dev Biol 2020; Bio Protoc 2022)。私たちはサテライト細胞の未分化マーカーであるPax7に着目し、内因性のPax7タンパク質をYFPで可視化できるPax7-YFPノックインマウスを作出しました (Skelet Muscle 2018)。当該マウスは、Pax7タンパク質の発現動態や機能解析に応用するとともに、未分化サテライト細胞の生細胞イメージングやFACS分取が可能になり,サテライト細胞研究の強力な解析ツールになると期待されます。