細胞の「顔」を知り、その「こころ」を理解する ―細胞でからだをなおす、再生医療への入り口―

老年病態研究チーム 豊田雅士

はじめに

ヒトは一つの受精卵が分裂を繰り返して、様々な種類の細胞へと分かれていきます(これを分化と呼びます)。やがて同じ仲間の細胞が集まった「組織」ができ、その組織が連携して特徴的な機能を有する、脳や心臓、肝臓といった「臓器・器官」ができてヒトは誕生します。こうして、ヒトは約250種類、60兆個もの細胞から構成されるのです(図1)。ヒトが生きるということは、実は多種多様な細胞が生き、そして連携しながら働いていることでもあります。言い換えれば、からだ(個体)は細胞からなるひとつの社会、「細胞社会」として機能しています。それゆえ個体の維持は、それを構成する細胞に鍵があるのです。

図1

図1

細胞社会と個体の維持

個体を構成する細胞は、実際どのように機能しているのでしょうか。1つ1つの細胞は生き物であり、それ故寿命をもっています。また、日々外傷や紫外線、酸化ストレスなどの障害により傷つけられます。こうして機能を果たせなくなった細胞は、多くの場合除去されます。そうすると個体の機能を維持するために直ちに修復が行われます。この修復には、細胞社会としての連携が欠かせません。まず「幹細胞」、それも「組織幹細胞」が大きな役割を果たします(図2)。この幹細胞は、例えば皮膚や血液など組織ごとに存在していると考えられ、必要に応じて新たな細胞を生み出して失った細胞へと分化します。このとき周囲の環境に適するように細胞同士がコミュニケーションをとりあって元通りの機能を発揮できるよう、細胞がバランスよく配置されます。このように私たちは、細胞レベルでみると、周囲の環境に応じて臨機応変に対応しながら日々変化しつつ、個体機能はほぼかわることなく維持されているのです(これを恒常性といいます)。

図2

図2

コミュニケーションの鍵は細胞表層にあり

胞同士の連携は、どのようにおこるのでしょうか。まず私たちの社会で考えてみましょう。人は感情をもつ動物であり、喜怒哀楽があります。人々はその感情を互いの表情や周囲の状況から読み取りながらコミュニケーションをとって関係を構築します。また、社会秩序を保った行動をとります。それでは、細胞社会ではどうでしょうか?細胞は周囲の環境に応じて様々な信号を出します。多くの場合その情報発信された信号は、相手の細胞がその表層で受け取り、それを細胞内へと伝えます。信号を受けた細胞は、さらに新たな信号を発信して情報を別の細胞へと伝えていきます。こうして細胞間でのコミュニケーションを行いながら社会としての機能を果たしていくことになりますが、細胞の情報の受け取りは細胞表層を介しておこります。その細胞は、細胞膜という脂質二重層と呼ばれる構造をもって区切られています(図3)。細胞膜は、脂質やタンパク質が主要な成分となっており、その多くに糖鎖が結合しています。そのため、細胞膜は複雑な構造となり、細胞の種類ごとにも異なっており、情報のやりとりも特徴をもつことになります。そういう意味でも、細胞表層は細胞の「顔」であり、コミュニケーションに重要な鍵を担っていると言えます。人が個性をもち、社会の中での役割も違うように、細胞もまた個性をもち、それぞれの役割を果たしているのです。

図3

図3

糖鎖は常に変化している

人は、加齢とともに少しずつ変化していき、それに伴い表情も変わっていきます。では、細胞はどうでしょうか?当然、細胞も様々な変化をします。細胞の「顔」としての表層の構造も変化していきます。この変化について、私たちは細胞表層の糖鎖に注目した研究を進めており、最近得られた知見について少し紹介したいと思います。

1) 血管の老化にともなって変化する糖脂質

血管は全身を巡っており、がん、心疾患、生活習慣病など様々な疾患と関係しています。この血管の中で最も内側に位置しているのが血管内皮細胞です。私たちは、この血管内皮細胞の細胞膜上の糖脂質が老化に伴ってどのように変化するかを調べました。細胞は、老化してくると増殖しなくなります(この現象を細胞老化といいます)。そのとき、ガングリオシドと呼ばれる糖脂質のひとつGM1が、細胞膜上で増えていることがわかりました(図4)。では、細胞膜上にGM1が増えるとどうなるでしょうか?血管の重要な機能のひとつに血糖値を制御するインスリンの情報伝達があります。細胞が老化してGM1が細胞膜上に蓄積した細胞では、この情報伝達がうまく伝わらなくなってしまいます(インスリン抵抗性)。こうしたGM1の蓄積による細胞機能の低下が血管病につながるものと考えられ、その詳細の解明と予防に向けた研究を進めていきたいと考えています。

図4

図4

2) 細胞の初期化によって変化する糖脂質

再生医療に注目が高まっていますが、なかでもヒトを構成する様々な細胞に分化可能なiPS(人工多能性幹)細胞に大きな期待がもたれています。このiPS細胞は、皮膚や血液の細胞から作製されますが、これは私たちのからだを構成している最終分化した細胞が発生の初期に近い状態に若返ること(初期化)を意味します。細胞膜上の糖脂質には複数の種類があることが知られていますが、細胞の種類によってその構成は特徴的なものとなっています。こうした多様な膜上の糖脂質は、iPS細胞になると構成を大きく変化させ特徴的な構成となっていたのです。この構成は、もうひとつの多能性幹細胞である胚性幹(ES)細胞と同様でした。さらに、糖脂質とともに糖タンパク質糖鎖も大きく変化していました3, 4)。からだを構成する細胞の代表である繊維芽細胞とiPS細胞の形態は、大きく異なっています(図5左)。iPS細胞は1つ1つの細胞がぐっと集まってその境界が曖昧になって、ひとつの大きな塊のような形態です(図5右)。まさに細胞膜上の変化、すなわち細胞の顔の変化が、形態と関係していることを示しているといえるでしょう。

図5

図5

細胞の顔を知り、こころを読み解くことはできるのか

細胞社会において細胞は様々な場面で変化しています。そうした変化の連鎖がヒトの老化や病態といったからだの変化とどう関係しているのか、まだよくわかっていません。細胞ひとつひとつのもつ情報(こころ)を読み解き、パズルを解くようにそれをつなぎ合わせていくことで、からだのことを知り、病気のことを知ることができるようになると考えています。私たちはいま、細胞の顔の表情である細胞表層の糖鎖情報を大枠で知る技術を得ることができるようになりました。これからは、それが細胞のどのような「こころ」を現しているかを理解することが求められます。細胞をつかってからだを直す再生医療では、移植した細胞が、移植周辺の組織が築いてきた社会環境を乱すことなく仲間入りし、機能していくことによって、効果的な治療法となると考えています。私たちは複雑な細胞社会を理解するため、細胞の顔を知り、そのこころを読み解いていく地道な作業を続けていこうと思っています。

おわりに

人のこころを読むのは難しいですが、顔の表情は多くのヒントを与えてくれます。さらに最近の情報社会にあって文字の世界でも、「絵文字」を使って様々な感情を表現するようになりました。絵文字はごく少数のコミュニティの中で使われていましたが、その意味が理解され、共通化し、いまや「EMOJI」として新たなコミュニケーションの手段として世界中で使われるようになり、今なお進化し続けています。様々な細胞の顔の表情を読み取り、その理解が進めば、新たな細胞間コミュニケーションとして細胞社会の中で細胞のこころが読み解かれていくに違いありません。細胞間コミュニケーションの破綻が老化や疾患発症と関係していれば、いずれそれらの解明へとつながっていくものと思います。

【参考】

  1. Sasaki N, Itakura Y, Toyoda M. Ganglioside GM1 contributes to the state of insulin resistance in senescent human arterial endothelial cells. J. Biol. Chem., 290:25475-25486, 2015.
  2. Ojima T, Shibata E, Saito S, Toyoda M, Nakajima H, Yamazaki-Inoue M, Miyagawa Y, Kiyokawa N, Fujimoto J, Sato T, Umezawa A. Glycolipid dynamics in generation and differentiation of induced pluripotent stem cells. Sci. Rep., 5:14988, 2015.
  3. Tateno H, Toyoda M, Saito S, Onuma Y, Ito Y, Hiemori K, Fukumura M, Nakasu A, Nakanishi M, Ohnuma K, Akutsu H, Umezawa A, Horimoto K, Hirabayashi J, Asashima M. Glycome diagnosis of human induced pluripotent stem cells using lectin microarray. J. Biol. Chem.,286(23):20345-20353 , 2011.
  4. Toyoda M, Yamazaki-Inoue M, Itakura Y, Kuno A, Ogawa T, Yamada M, Akutsu H, Takahashi Y, Kanzaki S, Narimatsu H, Hirabayashi J, Umezawa A. Lectin microarray analysis of pluripotent and multipotent stem cells. Genes Cells 16(1):1-11, 2011.