高齢期の健康づくりと身体活動

社会参加と地域保健研究チーム  清野 諭

はじめに

身体活動とは、安静にしている状態よりも多くのエネルギーを消費するすべての動作を指します。これは、体力の維持・向上を目的として計画的・意図的に実践する「運動」と、それ以外の労働、家事、通勤・通学等の「生活活動」とに分類できます。

現在では、身体不活動(いわゆる運動不足)は、非感染性疾患(いわゆる生活習慣病)発症の危険因子として、喫煙や肥満と同等の位置づけがなされるようになりました。国際学術誌「ランセット」の身体活動ワーキンググループでは、122の国と地域を対象に、運動不足が生活習慣病にどの程度寄与するのか(人口寄与割合)を算出しています。日本人における運動不足の人口寄与割合は、冠動脈性疾患に対して10.0%、2型糖尿病に対して12.3%、乳がん(女性のみ)に対して16.1%、大腸がんに対して17.8%、総死亡に対して16.1%であり(図1)、世界122か国の中央値と比較すると、それぞれ1.6~1.7倍高い値を示しています1。つまり、日本人は外国人よりも運動不足と生活習慣病との関連が強い可能性が示唆されます。このワーキンググループは、もし運動不足が解消されれば、平均余命は世界全体で0.68年、日本では0.91年、それぞれ延伸すると推計しています。

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高齢期の身体活動の目安

健康の保持・増進のためには、日頃どのくらいの身体活動をおこなうのがよいのでしょうか?国内外で推奨されている代表的な基準をご紹介します。

世界保健機構(WHO)が2010年に刊行した「健康のための身体活動に関する国際勧告」2)では、65歳以上の人々に対する身体活動の目安として、膨大な量の研究結果に基づき、図2の6項目を推奨しています。

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これを読むだけでは、なかなか理解しづらいかもしれません。有酸素性身体活動(有酸素性運動)とは、全身の多くの筋肉を使って、リズミカルな動きを一定時間持続させるような活動です。ウォーキングや水泳、エアロビクス、サイクリング等が代表的な有酸素性運動です。

中強度とは、客観的には安静時(椅子に座ってじっとしている状態)の3.0~5.9倍の強度を指します。これは、当該運動中の強度(酸素摂取量)が安静時酸素摂取量の何倍かに基づいています。普通歩行は安静時の3.0倍の強度、かなりの速歩きは安静時の5.0倍の強度に相当します。また、主観的な強度(きつさ)でいえば、10段階(1が安静、10が限界)で5-6程度(ややきついと感じるくらい)が中強度の目安です。

高強度とは、安静時の6.0倍以上の強度を指します。ゆっくりとしたジョギングがちょうど安静時の6.0倍の強度に相当します。山登り(6.5倍)やランニング(8.3-9.8倍)、水泳(10.0倍)などは高強度の運動です。主観的な強度でいえば、10段階で7-8程度(きついと感じるくらい)が高強度の目安です。表1と表2に、各生活活動(表1)や運動(表2)の客観的な強度一覧を示しましたので参考にしてみてください。

注:メッツとは、安静時の何倍の強度かを表す単位です。例えば、普通歩行は3.0メッツですので、安静時の3.0倍の強度の活動という解釈になります。

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本邦では、2006年に「健康づくりのための運動指針2006」3)が、そして2013年にそれを改定するかたちで「健康づくりのための身体活動基準2013」4)が、公表されました。ここでは、65歳以上の身体活動量の目安として、強度を問わず毎日40分以上(1週間当たり10メッツ・時に相当)の身体活動をおこなうことが推奨されています(図3)。

注:メッツ・時とは、身体活動の量を表す単位で、強度(メッツ)に身体活動の実践時間(時)をかけたものです。例えば、1週間で普通歩行(3メッツ)を合計3時間おこなった場合、3メッツ×3時間で、9メッツ・時となります。

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"運動が良いことはわかるけど、なかなか実践できない"という人も多いと思います。そんな時は、1日10分余分に歩くことから始めましょう。本邦の「健康づくりのための身体活動指針」では、「+10(プラステン):今より10分多く体を動かそう」を主要メッセージに国民向けのガイドラインが示されています5)。毎日、余分に10分間の身体活動を増やすことによって、生活習慣病発症リスクを3.6%、がん発症リスクを3.2%、ロコモティブシンドローム・認知症発症リスクを8.8%引き下げることが、メタ解析(複数の研究結果を統合して分析する手法)によって示唆されています。

ご近所づきあいの活発化や社会参加も"プラステン"に貢献

日々のご近所づきあいや、社会活動を活発化することも身体活動量の向上につながります。我々は、東京都大田区に在住する65-84歳の男女8,592名(男性4,340名、女性4,252名)を対象に、近所づきあいが活発な個人・地域ほど、個人の身体活動も活発であるかどうか検証しました6)。その結果、①男女とも、近所づきあいが活発な(お互いに訪問したり、立ち話する人がいる)個人ほど身体活動量が高いこと、②近所づきあいが活発な人が多い地区に住んでいる男性では、その個人の近所づきあいの程度に関わらず、近所づきあいが不活発な人が多い地区に住んでいる男性よりも身体活動量が高いこと、が明らかになりました(②の現象は女性では観察されませんでした)。男性では、近所づきあいが活発な人の割合が地区内で1%増えるごとに、個人の1週間当たりの中強度身体活動量が約30分増えることが示唆されました。

社会疫学では、個人の要因が個人の行動に及ぼす影響を"構成効果"といいます。一方、地域など周囲の要因が個人の行動に及ぼす影響を"文脈効果"といいます。例えば、自分自身が予防接種を受けることでインフルエンザにかかりにくくなることが構成効果です。一方、周囲の大部分の人が予防接種を受けることで流行が抑えられ、(自分自身が予防接種を受けたかどうかに関わらず)インフルエンザにかかりにくくなることが文脈効果です。近所づきあいや社会活動においても、自分自身が活発に実践していればそれだけ身体活動の機会や量が増えます。また、近所づきあいや社会活動が活発な地域では、やはり自身の活動の機会や量が増えることにつながります。

女性で文脈効果がみられなかった理由として、すでに多くの女性では近所づきあいが活発な状態であったことが挙げられました。交流や社会活動が活発な地域を醸成していくことは、特に男性の身体的不活動の予防にも貢献するかもしれません。 

さいごに

最近では、100歳を過ぎても水泳大会や陸上競技大会に出場するような"スーパー高齢アスリート"が増えてきました。驚くべきことに、このような方々の中には、60歳台や70歳台からその運動を始めたかたも多くいます。何歳になっても、ヒトの身体は適度に使えば発達し、使わなければ委縮します。運動を始めるのに遅すぎる年齢はありません。日頃、あまり身体を動かしていない方々も、まずは"プラステン"から始めてみてはいかがでしょうか。

【参考文献】

  1. Lee IM et al. Effect of physical inactivity on major non-communicable diseases worldwide: an analysis of burden of disease and life expectancy. Lancet, 380: 219-229, 2012.
  2. World Health Organization. Global Recommendations of Physical Activity for Health. Geneva: World Health Organization, 2010.
  3. 厚生労働省. 「健康づくりのための運動指針2006」. https://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/07/dl/s0719-3c.pdf(2018年7月25日閲覧)
  4. 厚生労働省. 「健康づくりのための身体活動基準2013」. https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xple-att/2r9852000002xpqt.pdf (2018年7月25日閲覧)
  5. 厚生労働省.「健康づくりのための身体活動指針(アクティブガイド)」. https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xple-att/2r9852000002xpr1.pdf (2018年7月25日閲覧)
  6. Seino S et al. Individual- and community-level neighbor relationships and physical activity among older Japanese adults living in a metropolitan area: a cross-sectional multilevel analysis. Int J Behav Nut Phys Act, 15: 46, 2018.