僧侶との共同研究:限りある命の最も深いところを支える

自立促進と精神保健研究チーム 岡村毅

超高齢社会の光と影

現代社会は様々な病気の治療が可能になり、人々が長生きする時代となり、昔の人から見ればユートピアに思えるかもしれません。確かに優しい家族に囲まれて元気に幸せに暮らす高齢者もたくさんおられます。しかし現実には、認知症の予防や治療は今なお難しく、今後認知症をもつ人が激増し、将来的には1000万人に達すると予測されています。また大病をし、命は助かったものの様々な障がいを抱えながら生きなければならない人も増えています。加えて、社会や家族の形は大きく変貌し、孤独や生きづらさを抱えた高齢者も多くいることも事実です。従来の研究だけでこうした人々を幸せにできるでしょうか?

僧侶との出会いと研究チーム始動

そんなことを考えていた5年ほど前のこと、私のライフワークであるホームレスの方の支援研究をする中で、東京山谷でホームレスの方におにぎりを配る活動をされている僧侶と出会いました。また自殺予防研究をする中で、死を願う人と手紙を交わす活動をする僧侶とも出会いました。彼らは大正大学に所属する研究者でもあり、多くのことを語り合いました。それまで私には僧侶の知り合いはいなかったのですが、富や名誉には一切興味がなく、困っている人を助けるために人生をささげる僧侶がいることに驚きました。そうした交流が広がり、当研究所の宇良研究員や新名研究員、東工大や筑波大の教官も合流し、いまや私たちのグループは他に類を見ない学際的研究チームにまで成長したと自負しています。そして大正大学の林田教授や小川研究員を中心として大きな研究費(文科省の挑戦的科研費を2つ)も獲得し、海図のない大海原に乗り出したところです。本日はその研究の一端を御紹介しましょう。

施設介護者の燃え尽きを予防する研究

高齢者施設の介護者は大変なストレスにさらされています。介護の仕事が身体的に大変なことに加えて、徐々に衰え、死を迎える人を支えることは精神的にも大変です。そもそも全員が、はじめから死を扱う仕事と思って介護職員になっているわけではありません。そして私たちの社会も死と正面から向き合ってきませんでした。

人は対人サービスで疲弊すると、対象者を「人」として見ないようになり(つまり、あたかも物に対するように振る舞うことで自分の心が揺さぶられる事を防ぎ)、結果的に自分自身を守るようになります。この状態を「脱人格化」と言い、極端な時には虐待につながるため、極めて重大な事案です。燃え尽き症候群(バーンアウト)の研究では、脱人格化をもたらすようなリスクについて調べることで虐待を予防しようとします。

そこで私たちは首都圏の施設介護者約350名に調査を行い、介護現場の脱人格化は、「死にゆく人をケアすることに前向きな人」では少ないことが分かりました。そして信仰を持つ人は、死にゆく人のケアに前向きである可能性があることを見出しました(参考文献)。 また、僧侶が介護者にそれぞれ1時間半にわたりじっくり話を聞いたところ、死にゆく人をケアする行為は、最近世間で言われているような「スピリチュアルケア」といった言葉では包摂できない、深く複雑な死生観を伴う事も分かってきました。

宗教者の関与と高齢者虐待に関する仮説

宗教者の関与と高齢者虐待に関する仮説

介護者を寺院が支える研究

私たちには心ある僧侶や寺院に地域社会でもっと活躍してほしいと願っています。寺院には、長年にわたる地盤(地域の信頼)、看板(仏教の教え)、かばん(安定収入)がありますから、地域貢献活動をするにあたり一日の長があります。しかし、これまで寺院があまり世俗社会に出てこなかった(ように見える)ことも事実でしょう。仏教界にも、今後はより現実の社会に関与しなければという考え方もあります(Engaged Buddhism:エンゲイジドブディズムといわれます)。

私たちは浄土宗という宗派がもつ研究所が展開する、地域の介護者支援プロジェクトに参画しています。介護者の方は孤立し、誰にも本音を打ち明けることができず、こころや体のバランスを崩してしまう人もいます。自分は世界で独りぼっちだ、誰も助けてくれないと絶望している場合、もちろん病院に行くこともよいでしょうが、まずは地域や人々への信頼を取り戻し、必要なら助けを求めるための新たな一歩を踏み出すことが本質的な解決につながります。現在、20か寺がすでに介護者カフェをはじめており、私たちは老年学研究者の立場からお手伝いしています。

岩手県の寺院における介護者カフェの一環としての講演会

宗教者が高齢者ケアで活躍するための理論的基盤作り

米国では教会がホームレス支援を行う場合、布教をしないことを前提に、一定の時間や組織を社会貢献のために使用し、これに対して公的な資金も投入することができるfaith-based organization(FBO)という考え方があります。翻って日本では、宗教については積極的に語らないというのが実情かもしれません。実際ある東京の寺院が介護者カフェの案内を区報にのせようとしたところ、「宗教法人名ではだめ」と言われ、別に法人を立てたということがありました。一方で地方の某県では、同じく別法人を立てようとしたところ「すでに寺院なのだから不要です」と言われたということもありました。

実は多くの医療施設や介護施設は、お寺を起源に持つところが多いのです。こうした組織でも、宗教色が全くないところもある一方で、お盆の法要などを自然と行っているところもあります。これらはとても微妙で、人のこころの機微に触れるテーマであり、国際的な動向も踏まえた慎重な考え方の整理が必要です。こうした考え方の整理も我々の課題です。

写真は、私たちの研究チームが、仏教者が活躍する台湾大学の緩和ケア病棟に視察に行ってきたときのものです。

台湾大学医学部家庭医学科蔡兆勲教授との歓談

台湾大学医学部付属病院緩和ケア病棟の視察

台湾大学緩和ケア病棟から発展し地域での終末期ケアを支える仏教拠点.jpg台湾大学緩和ケア病棟から発展し地域での終末期ケアを支える仏教拠点

地域包括ケアシステムの深化

この研究のもつ意味を掘り下げてみましょう。政府は、住み慣れた地域で自分らしく暮らすために、住まいを中心として医療・看護・介護・予防・生活支援が一体的に提供される「地域包括ケアシステム」を構想しています。それまでは別々に動いていた専門家たちが一つになって働くわけですから、これ自体は素晴らしいことですが、課題もあります。そもそも職種間では、使う言葉や視点も全く異なり、まるでバベルの塔が崩壊した後の人類のように、一体になることはとても難しいことです。人々の考え方や規範を、最も深いところで統合するにはどうしたらいいでしょう?一度しかない人生をより善く生きるために、そしてより善く死ぬために、どのように支援者が一体になれるでしょうか?個人的には、これこそが地域包括ケアシステムの重大な盲点であり、ここに宗教者が関与することで限りある命の深いところを支える機能が補完されるのではないかと考えます。

すべての人が希望と尊厳をもって生きる社会を目指して

当研究所の粟田研究部長は、認知症があっても、障がいがあっても、一人暮らしでも、すべての人が希望と尊厳をもって生きる社会を目指した研究を行っています。これには私たちのアプローチも含まれます。

考えてみれば老年医学は約100年の歴史を持つと言われますが、仏教は1500年の長きにわたり我が国の人々の生老病死を支えてきました。彼らの叡智から学び、協働することで、老年医学に大いなる化学反応をおこす事でしょう。また僧侶にはかなり豊富な知識を持った方が多く(実は医師も多数おられます)、そのネットワークは侮れません。とはいえ、尊敬すべき僧侶が多い一方で、宗教界には素人にはにわかに分かりにくい面もあることは事実で、家柄や、お寺の大きさがものをいう面もあるように感じます。一介の医師としては、専門医制度のように、僧侶の質を担保し、優れた僧侶がリーダーシップをとれるような組織になって欲しいと僭越ながら感じます。

利益相反等

なお本研究はきわめて慎重に進めている事を付記します。特定の宗教・宗派の利益となることを避けるために、我々の研究は大学等の倫理委員会の承認を得て行っています。本研究は現状では仏教を扱っていますが、たまたま共同研究者が仏教者であったからというのが理由です。また私は仏教徒ではありません。

参考文献

  1. Okamura T, Shimmei M, Takase A, Toishiba S, Hayashida K, Yumiyama T, Ogawa Y. (2018) A positive attitude towards provision of end-of-life care may protect against burnout: Burnout and religion in a super-aging society. PLoS ONE 13(8): e0202277.
    https://doi.org/10.1371/journal.pone.0202277
  2. Toishiba S, Shimmei M, Ogawa Y, Takase A, Hayashida K, Okamura T, Awata S. Factors associated with positive attitudes toward care of dying persons among staff of geriatric care facilities in Japan. Geriatrics & Gerontology International. 2019; 19: 364-365