家族をケアする:毎日の生活という文脈での家族介護を考える

福祉と生活ケア研究チーム 涌井 智子

家族をケアするとは

 介護保険を導入した当初、250万人程度であった要介護高齢者の数は、現在700万人に達しようとしています[1]。そして、これらの要介護の方の生活は、介護保険制度が導入された現在も、様々な形で家族に支えられています。
 生活の中で支援または介護が必要な方(以下、要介護の方)を支える家族が担う役割は多岐にわたります。入浴や排泄、食事や着替え、移乗といった、基本的な日常生活動作(以下、ADL:Activity of Daily Living)と呼ばれるケアを提供することだけではありません。服薬管理、食事の準備、日用品の買い物、洗濯や掃除、財産管理、受診のための付き添い、明日のデイサービス利用のための手荷物の準備、など、要介護の方が安全に、安心して、心穏やかに生活することを支えるための様々な支援を、家族は毎日の生活の中で提供しています。認知機能が低下した方のためには、日常的な見守りや、その方が社会とつながるために気持ちを代弁すること、考えを他者にわかりやすく伝える役を担うこともあるでしょう。また、要介護の方が抱える老いに対する不安や葛藤について、愚痴や悩みを聞いたり、話し相手になることもあるでしょう。要介護の方本人が必要とする医療や介護保険サービスを一緒に、或いは代理で調整したり、そのために医療や介護従事者と面談をしたり、必要な書類手続きを行うこともあります。

家族介護者のストレスモデル

 要介護の方の認知機能や身体機能は、加齢とともに低下してきます。これにともなって、要介護の方の支援の必要度があがるほど、また認知機能が低下するほど、家族介護者にとっては負担が大きくなるとされていて、これまでの研究から、家族介護者がケアのストレスをためていくメカニズムが明らかになっています[2]。
 パーリンらのストレスモデル[3]によれば、同じ程度のケアを担っている方でも、介護者によって負担の感じ方が違ったり、うまく対処できる方がいたりするのには理由があります。例えば、同じくらいの身体機能や認知機能の低下が見られる方をケアする場合でも、家族介護者に過去に介護の経験があったり、経済的な余裕があったり、或いは、困ったときに頼れる家族や友人の存在があったり、頼れる医療や介護の専門家がいることで、介護者が感じるストレスや負担感はぐっと低くなります。一方で、認知機能の低下によって、要介護の方との意思疎通が難しくなったり、或いは認知症の周辺症状が生じる程度が頻回になったりする介護の場合には、負担を大きく感じることになります。要介護の方への介護方針が異なる家族がいて、家族間での不和が生じたり、ケアを提供することによって仕事をやめざるを得なかったり、好きな趣味やボランティア活動等を制限せざるをえないことが、介護のストレスに繋がることもあります。そして、これらの状況が改善せずに慢性化してくると、自己効力感の低下や負担感の増加から、抑うつ傾向や不安障害等の慢性的な身体・精神健康に影響することが明らかになっています。

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                                          (参考:Pearlinのストレスモデル1990より改変)

介護は、要介護の方にとっても家族介護者にとっても連続する生活の一部

 これまでの介護ストレス研究の中心は、どの様な人のストレスが大きいか?どの様な人に支援が有効か?といったように、個人と個人とを比較することによって、介護ストレスの機序を明らかにしてきました。また、身体機能や認知機能が加齢とともに低下してくることによって、介護ストレスはどのような影響をうけるか?或いは要介護の方の機能が維持されることは介護ストレスにどの様な影響を与えるのかといった研究が行われています。
 しかし、家族が担うケアは、必ずしも毎日同じではなく、横断的に切り取れるものではありません。身体・認知機能がある程度安定していたとしても、要介護の方が必要とするケアは日によって異なり、特に認知症の方の場合にはそれが顕著です。不安で外にでかけてしまう、或いは自宅にいるのに帰る家を探してしまう、といった行動が見られる日もあれば、一日穏やかに過ごす日もあります。認知機能の低下が無い方でも、老いを憂えて落ち込んで過ごす日もあれば、通所介護サービスの利用などによって、終日気持ちよく過ごす日もあるでしょう。
 我々の研究では、生活という連続的な文脈において家族の介護をとらえ、家族介護者が、要介護の方を支える生活の中で感じるストレスについてインタビュー調査を通して明らかにしています[4]。

毎日の生活という文脈での家族介護

 まず、要介護の方のその日・その時の情緒や心理状態、認知・生活機能は、毎日の生活の中で変動しており、家族介護者は要介護の方の「変動に直面」しています。例えば、要介護の方の記憶がはっきりして機嫌よく振る舞う日もあれば、子どもからケアを受けることに対する罪悪感や自己肯定感の低さを表現し、その極端な変動は家族介護者を戸惑わせます。
 日常的に要介護の方の変動に直面している家族介護者は、その時々の状況に応じて適切なケアを提供したいと考え、要介護の方のその日・その時の行動や発言を基に「状態を推測」しようと試みています。例えば、夕食を食べたあとに、『お腹が空いた』といって食べ物を探す母の行動は、本当にお腹が空いているのか?食べたことを忘れてしまっているのか?或いは、今何をしたら良いかわからずに不安を感じているのだろうか?といった具合です。
 家族介護者は要介護の方の「状態を推測」しなんとか対処・介護を試みますが、必ずしもその正誤を確認できるとは限りません。例えば、お腹が空いているのなら、と、食べ物を提供すると美味しくないといって拒否をされることもあります。食べたことを忘れてしまうだろうからと、複数回に分けて食事を提供してみれば、食事量が少ないと機嫌が悪くなることがあるかもしれません。要介護の方の行動が何に起因するか?どのように対処、或いは介護することが答えなのかを求め、家族はトライアンドエラーを試み続けます。
 
これらの家族介護者の行動の背景には、要介護の方の情緒や心理状態、認知機能の変動には、家族介護者自身の接し方や、提供するケアが影響した結果であるという思考があり、これによって要介護の方の機能低下や状態に対して責任を自らに課すことになります。実際は要介護の方の状態の変動は認知症状によるものであったり、老いの過程に起因したりするのですが、家族介護者が要介護の方の機能低下や情緒・心理状態の変動に過度に責任を感じることによって、自分自身のケアの内容に不安を覚え、それがストレスにつながってしまったり、要介護の方の機能改善に対する過度な期待を生じさせることになるわけです。例えば、「要介護の方の身体機能が落ちてきているのは自分が散歩をさせていないから」とか、「認知機能が低下してきているようだけれども、もっと脳トレをさせないと」といった具合です。

まとめ

 身体機能や認知機能の低下に伴い支援の必要度が上がるに連れて、家族のケアの大変さが大きくなることは事実です。その一方で、要介護度や身体機能・認知機能得点で評価される横断的な評価尺度が必ずしも家族介護の大変さをすべて説明できるわけではありません。ケアは要介護の方とその家族の生活の一部であり、家族が「介護者」という役割を担うが故に行っている生活や支援を連続的に捉えることが重要だと考えています。
 ここでご紹介した内容を含め、生活という文脈で家族介護について考える研究成果をまとめています。家族の介護を担う方に読んでいただきたい小冊子「介護は千差万別」および、医療や介護従事者の方に読んでいただきたい小冊子「在宅で介護を担う家族を支えるために」を発行しています。ご興味のある方は、以下からダウンロード下さい。要介護の方を支えるご家族、及びその支援者の方の参考になりましたら幸いです。

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参考文献

  1. 厚生労働省. 介護保険事業状況報告(暫定)令和2年12月分. 2021年 2021年3月10日]; Available from:
    https://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/osirase/jigyo/m20/2012.html.
  2. 涌井智子, 在宅介護における家族介護者の負担感規定要因 (特集 高齢者介護における家族介護の実態). 社会保障研究, 2021. 6(1): p. 33-44.
  3. Pearlin, L.I., et al., Caregiving and the stress process: an overview of concepts and their measures. Gerontologist, 1990. 30(5): p. 583-94.
  4. 涌井智子, 平山亮, and 甲斐一郎, 在宅介護の見える化が明らかにする介護の日周変動と家族介護者の対処行動, in 第61回日本老年社会科学会大会. 2019: 東北福祉大学仙台駅東口キャンパス, 仙台.