老化研究におけるプロテオーム解析

老化機構研究チーム 津元 裕樹

2024.7.1

プロテオーム解析とは

 タンパク質は、人体の三大構成要素および三大栄養素の一つで生命活動において重要な役割を果たすものです。人の体には非常に多くのタンパク質がありますが、その中には病気や怪我などで量的に変化するものもあります。また、タンパク質にはリン酸化や糖鎖修飾などの翻訳後修飾があり、タンパク質を質的に変化させることが知られています。翻訳後修飾は遺伝子からは得られない情報ですが、タンパク質の機能などを制御する重要なものです。

そのようなタンパク質の総体をプロテオームといい、タンパク質を網羅的に解析する研究をプロテオーム解析(あるいはプロテオミクス)と呼びます。プロテオーム解析は、様々な要因によって量的あるいは質的に変化するタンパク質を網羅的に調べ、病気や老化の原因解明、病気の有無や進行度を反映する物質(バイオマーカー)を見出すことを目的としています。

 プロテオーム解析は、サンプル採取、サンプル調製、質量分析などによるデータ取得、データ解析という流れで行われます(図1)。

 網羅的なプロテオーム解析において、データ取得法として主に二つの方法があります。一つはアフィニティー(親和性)を利用した方法で、特定のタンパク質に結合する人工核酸アプタマーが用いられます。現在、ヒト血漿・血清などを用い、約7,000のタンパク質を解析できるようになっており、網羅的、高感度、ハイスループットな技術です。

もう一つは質量分析による方法です。タンパク質を分解してペプチドとし、ペプチドを質量分析で分析、コンピューター上で組み合わせることで元のタンパク質を同定する技術です。これら二つの解析技術を比較すると、解析できるタンパク質の数や分析の速さではアプタマーの方が優れています。一方、翻訳後修飾などの質的変化を解析する目的においては質量分析が適していると言えます。

図1.プロテオーム解析の流れ

アフィニティープロテオミクスによる老化研究

 血液は組織や髄液と比べてその採取は低侵襲性であることから比較的入手しやすく、タンパク質、脂質、糖、低分子化合物など様々な成分が含まれる生体試料です。血液は体内を循環しているため、病気や怪我で組織などから流出したものが含まれますので、血液を用いた老化や病気のバイオマーカー探索が行われています。

 最近、アフィニティーを利用したプロテオーム解析の手法(アフィニティープロテオミクス)により、約3千ものタンパク質を対象に、約4千人の血液を解析した研究が報告されました(参考文献1)。この研究により、性別によって異なる変化をするタンパク質がある一方、性別に関わらず年齢を予測できるタンパク質のグループがあることがわかりました。

 また、タンパク質の変化は34歳、60歳、78歳において大きな変化の波があり、年齢とともに直線的に変化しないことが示されました。さらに同じグループにより大きな研究成果が報告されました。彼らは11の臓器に特徴的なタンパク質を特定し、それらの血中での変化を調べることで臓器の老化がわかるということを報告しました(参考文献2)。

 この成果は、臓器に特異的な疾患のリスクを血中タンパク質のパターン変化から予測できることを意味します。

質量分析を用いたプロテオーム解析による老化研究

 糖鎖はN-アセチルグルコサミンなど様々な糖が繋がったタンパク質翻訳後修飾の一つで、糖鎖が結合したタンパク質を糖タンパク質といいます。糖タンパク質の糖鎖構造はがんなどの様々な病気の状態を反映して変化することから、バイオマーカー探索のターゲットの一つです。しかしながら、タンパク質の糖鎖修飾は、糖鎖の構造が同じでも結合する場所が異なる、同じ場所であっても糖鎖の構造が異なる、さらには糖鎖の数が異なるなど非常に複雑です。このような複雑なタンパク質の糖鎖修飾を詳しく調べるには、質量分析を用いたプロテオーム解析が最も有効な手段と言えます。

 プロテオーム研究チームでは老化研究の一環として、糖タンパク質に着目した研究を行っています。これまでにヒトの健康長寿モデルと考えられている超百寿者の糖鎖や糖タンパク質の解析を行い、超百寿者に特徴的な糖鎖構造やその糖鎖をもつタンパク質が何かを明らかにしました。この研究により、「健康長寿」の要因の一つとして「糖鎖」が関わっている可能性が示唆されました。

 今後、なぜこのような糖鎖変化が起こっているのか、その変化が本当に「健康長寿」と関係しているのかなどを調べて「糖鎖」をキーワードに「健康長寿」の要因を明らかにしていきたいと考えています。本研究内容の詳細は研究トピックス「血漿タンパク質糖鎖からみた健康長寿の秘訣」に記載されていますのでそちらもご覧ください(参考文献3)。

おわりに

 最近のプロテオーム解析における技術開発は目覚ましく、タンパク質をより多く、早く、詳しく解析できるようになってきました。それにより、タンパク質に着目した血液中の老化や病気のバイオマーカー開発が進んでいます。実際、アフィニティープロテオミクスによる血中タンパク質の解析は実用化され、病気になるリスクを評価する検査が始まっています。

 近い将来、プロテオーム解析が健康診断などでも行われる一般的なものになれば、現在の健康状態を把握するとともに病気になるリスクを予測し、生活習慣の改善などの対策を行うことで病気や老化の予防に役立つようになるかもしれません。

プロテオーム解析解説動画

参考文献

  1. Nature Medicine 2019, 25, 1843-1850.
  2. Nature 2023, 624, 164-172.
  3. 研究トピックス 「血漿タンパク質糖鎖からみた健康長寿の秘訣