高齢者の健康づくりに資するスマートウォッチ等デジタル機器活用事業 ―ライフログデータによるフレイルの予兆の検知―

福祉と生活ケア研究チーム 大渕修一・河合恒・ゴンルイ

2025.4.1

はじめに

 研究所では2022年から東京都からの支援を受け「高齢者の健康づくりに資するスマートウォッチ等デジタル機器活用事業」を3年間に渡り実施してきました。高齢者のスマートフォン保有率やスキルは年々向上しており1)、高齢者の健康づくりにおいてもスマートウォッチやスマートフォンなどのデジタル機器を活用することが現実的になってきました。特に、健康長寿に必要な介護予防やフレイル予防のターゲットは、運動機能、口腔機能、栄養状態、認知機能等の生活機能の低下であるので、これらの機能を日常生活の中で測定して、フレイルの予兆を早期に検知することができれば、その予防に役立つことが期待されます。私たちはこの事業の中で、スマートウォッチ等のウェアラブルセンサ(身に付けることができるセンサ)を使用して、フレイルを検知して予防のための働きかけができるスマートフォンアプリ開発に関する研究を行いました。

研究の全体像

 研究の全体像を図1に示します。研究所では「お達者健診」等の大規模集団のコホート調査を行っています。この参加者の方にウェアラブルセンサによる日常生活の中でのデータ収集への協力を依頼し、スマートウォッチ、アンクルバンド型加速度計、スマートフォンのGPSを使用して日常生活中の歩数、活動量、歩行速度等のライフログデータを長期的に収集しました。コホート調査では年1回、フレイル、認知機能低下、抑うつ、孤立、要介護等の健康状態のデータを収集しているので、これを教師データとしてライフログデータをもとに健康状態を予測するアルゴリズムをAIによって開発することができます。性能のよいモデルができれば年1回の調査に参加しなくても、日々の生活の中でフレイルの予兆を知ることができるようになります。

図1 研究の全体像

対象者

 研究所のコホート調査(板橋コホート、千代田コホート)と当センターのフレイル外来から対象者を募集し、90日間データが収集できたのは約1,000名でした。日本版フレイル基準(J-CHS基準)2)によるフレイルの内訳は健常が43.9%、プレフレイルが50.0%、フレイルが6.1%でした(表1)。全国調査に基づくわが国のフレイルの割合は、健常50.5%、プレフレイル40.8%、フレイル8.7%ですので3)、ややフレイルが少なく、プレフレイルが多く、健常が少ないですが、都市高齢者を代表するデータが収集できていると考えています。

 

健常

プレフレイル

フレイル

合計

%

%

%

板橋コホート

372

43.2%

439

51.0%

50

5.8%

861

千代田コホート

51

52.6%

41

42.3%

5

5.2%

97

フレイル外来

48

41.4%

57

49.1%

11

9.5%

116

合計

471

43.9%

537

50.0%

66

6.1%

1074

ライフログデータによるフレイルの判別

 対象者のライフログデータをもとに、15のAIモデルによる学習を行い、どのくらいの性能でフレイルを判別できるかを検証した例を図2に示しました。曲線下の面積であるAUCが大きいほど判別性能が高いことを表しており、対角線がAUC0.5で50%の判別性能、曲線が左上に近づいているほど性能が高いことを示しています。その結果、0.9を超える学習モデルが構築できることがわかりました4)。モデルはその後も修正を繰り返し、さらに判別性能を高める研究が進められています。

図2 AIモデルによるフレイル判別のROC曲線

ライフログデータによる生活パターンの分類

 長期間のライフログデータから、生活パターンの分類も行いました。図3左はスマートウォッチで測定した睡眠、歩行、会話の有無の1分ごとのデータを3色に色分けして1ヶ月分をタペストリー画像にして表したものです。横軸が0から1,440分、縦軸が1日目から30日目を表しています。対象者の画像から生活パターンの特徴を機械学習によって分類すると、6つのパターンに分かれました。それぞれの特徴は、クラスター0は歩行時間が長く、会話時間が長い、クラスター1は睡眠時間が長く、歩行時間が短い、クラスター2は歩行時間が長く、会話時間が短い、クラスター3は装着不良、クラスター4は夜間非装着、クラスター5は睡眠・会話時間が長い、というものでした。クラスター0はフレイルではないことと関連がありました5)

図3 タペストリー画像からの生活パターンの分類

アプリへの実装

 これらの研究成果を実装したアプリを開発しました。前日のライフログデータをもとに「フレイルではない度」を「フレイル予防スコア」として計算します。計算への寄与が大きい歩数、代謝量、会話量、皮膚温度、睡眠時間、安静時脈拍数を同世代の平均値と比較した結果に加え、その結果に基づくアドバイスを表示します。また、1か月の生活パターンをタペストリー画像で示すことができます。

おわりに

 東京都では、区市町村と連携し、このアプリを活用して高齢者のフレイル予防等につなげる事業を準備中です。当センターは、事業成果の検証の面から関わっていく予定です。

引用文献

1) NTTドコモモバイル社会研究所:シニアのスマホスキルは上昇傾向 特に70代前半の上昇が大きい, 2024年4月15日. https://www.moba-ken.jp/project/seniors/seniors20250124.html(2025年3月7日参照)

2) 長寿科学振興財団:健康長寿ネット「フレイルの診断」, 2023年8月2日更新. https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/frailty/shindan.html(2025年3月7日参照)

3) Murayama H, Kobayashi E, Okamoto S, et al. National prevalence of frailty in the older Japanese population: Findings from a nationally representative survey. Archives of Gerontology and Geriatrics, 2020.

4) 大渕修一, 河合 恒, 江尻愛美, 今村慶吾, 笹井浩行, 藤原佳典, 平野浩彦: 歩行能力計によるフレイルの判別: SWING-Japan研究, 第83回日本公衆衛生学会総会, 札幌, 2024.10.29-31.

5) 大渕修一, 河合 恒, ゴンルイ, 涌井智子, 白部麻樹, 田村嘉章, 安樂真樹, 藤原佳典, 秋下雅弘, 鳥羽研二, SWING-Japan Member: 地域在住高齢者のライフログデータによる生活パターンの分類とフレイル・認知機能低下の有症との関係: SWING-Japan研究, 第67回日本老年医学会学術集会, 幕張, 2025.6.27-29.(発表予定)

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