2025.8.1
超高齢社会を迎えた日本では、平均寿命は延びているものの、健康寿命(日常生活に制限のない期間)との差が大きいことが、社会的な課題となっています。では、健康で長生きするために、私たちが日常生活で取り組めることはなんでしょうか。
昔から、健康や長生きの秘訣として「腹八分目」が大切であるといわれてきました。サルやネズミの研究から、食事の量やカロリーを制限する食事制限やカロリー制限は、加齢による病気の発症をおさえて、寿命を延ばすことがわかっています。しかし、食事の量やカロリーを長期間にわたり減らすことは、空腹に耐える必要があるため、かなり困難です。
一方で、「バランスの良い食事」も大事であるといわれています。多くの方は、主食・主菜・副菜・汁物を組み合わせて、米や肉、魚、野菜などをまんべんなく食べるよう気をつけていることでしょう。しかし、どの栄養素をどれくらい摂取すれば、健康で長生きできるのでしょうか。
栄養素には、エネルギーを生み出す三大栄養素(タンパク質, 脂質, 炭水化物)と微量栄養素(ビタミン, ミネラル)があります(図1)。令和4年国民栄養・健康調査(文献1)によると、日本人の摂取エネルギーは1人1日あたり1888 kcal、三大栄養素の総エネルギーに対する摂取比率はタンパク質が15%、脂質が29%、炭水化物56%です(図1)。一方、日本人の食事摂取基準(2025年版)(文献2)では、三大栄養素の目標量(総エネルギー摂取量に対する比率)は、タンパク質が13-20%(49歳以下), 14-20%(50-64歳), 15-20%(65歳以上)、脂質が20-30%、炭水化物が50-65%と定められています。したがって、平均的な方は、三大栄養素バランスが良いといえるでしょう。しかし、三大栄養素バランスの目標量は生活習慣病の発症予防とその重症化予防を目的として定められているため、健康で長生きするための摂取比率については、いまだ科学的根拠が乏しい状況です。
図1. 日本人の食事の三大栄養素バランス
総エネルギーに占める三大栄養素の摂取比率(厚生労働省,令和4年国民栄養・健康調査, 2024)
近年、マウスを用いた研究から、食事の三大栄養素バランス、特にタンパク質の摂取比率が寿命や健康に大きく影響することがわかってきました。しかし、成長期や若齢期、中齢期、高齢期といったライフステージの各段階に適した、健康で長生きする食事の三大栄養素バランスはわかっていません。
そこで私たちは、高齢期にむけた健康維持に適したタンパク質の摂取比率を明らかにするため、若齢(6月齢)と中齢(16月齢)のオスマウスにタンパク質比率が異なる5種類の餌(5%, 15%, 25%, 35%, 45%)を与えて2ヶ月間飼育し、タンパク質の摂取比率や月齢が体におよぼす影響を調べました(図2)。餌は、カロリーをそろえて、脂質比率は日本人に近い25%に固定して、タンパク質と炭水化物の比率を変えました。すなわち、タンパク質5%脂質25%炭水化物70%、タンパク質15%脂質25%炭水化物60%、タンパク質25%脂質25%炭水化物50%、タンパク質35%脂質25%炭水化物40%、タンパク質45%脂質25%炭水化物30%の5つの餌を用意しました。タンパク質15%の餌は、日本人の食事の三大栄養素バランスに最も近い比率ですので、平均的な食事といえます。
その結果、中齢マウスの体重は若齢よりも高く、タンパク質5%群の体重は他の群よりも低いことがわかりました(図3)(文献3)。さらに、中齢マウスが食べた餌の量は若齢よりも多いこと、タンパク質5%群は他の群よりも多く、タンパク質45%群では少ないことを明らかにしました(図3)。タンパク質の摂取が足りないと食べる量が増える、もしくはタンパク質の摂取が充分だと食べる量が減るという現象は、「タンパク質のてこ」仮説と呼ばれており、体内のタンパク質量を一定に制御するために食欲が調節されたと考えられます。したがって、タンパク質比率5%の食事ではタンパク質の摂取が足りないため食事の量が増える(摂取カロリーも増える)、逆にタンパク質比率45%の食事ではタンパク質を必要以上に多く摂取しすぎてしまうため食事の量が減る(摂取カロリーも減る)といえるでしょう。
図2. 年齢による食事のタンパク質量と健康の関係
若齢期と中齢期のマウスにタンパク質と炭水化物の比率が異なる5種類の餌を与えて、2ヶ月後に体の変化を調べた。
次に、タンパク質の摂取比率がマウス肝臓の脂質蓄積におよぼす影響を調べました。タンパク質5%群の肝臓では、多くの脂肪滴が認められ、中性脂肪と総コレステロールが多く含まれた軽度の脂肪肝であることがわかりました(図3)(文献3)。このようなタンパク質不足による脂肪肝は、ヒトではクワシオルコル(タンパク質の摂取不足による栄養失調)という病気の症状のひとつとして知られています。また、中齢のタンパク質5%群および15%群の肝臓には、若齢よりも多くの中性脂肪が含まれていました(図3)。一方、若齢中齢ともに35%群では、肝臓に中性脂肪が少ないことがわかりました(図3)。したがって、タンパク質の摂取比率を35%に近づけることで、脂肪肝を予防または改善できる可能性が期待されます。
さらに、タンパク質の摂取比率が血液の検査値におよぼす影響を調べました。血糖値は、若齢中齢ともにタンパク質25%群と35%群が低いことがわかりました(図3)。血中の中性脂肪濃度は、餌のタンパク質比率による違いが認められませんでした(図3)。しかし、血中の総コレステロール濃度は、若齢中齢ともにタンパク質15%群が最も高く、5%, 35%, 45%群は低い値でした。(図3)。以上の結果を総合的に考えると、若齢中齢ともに食事のタンパク質比率は25〜35%が最も健康的であるといえます(図3)。
食事の三大栄養素バランス、とりわけタンパク質の摂取比率は、若齢期および中齢期の体の健康に大きな影響を与えることがわかってきました。今後、成長期や高齢期での影響や性差の検討、ヒトでの調査など、さらに研究を進めて、健康で長生きする「バランスの良い食事」に関する科学的根拠を明らかにしていきます。
食事の三大栄養素バランスを変えるという方法は、私たち自身が日頃から取り組むことができます。最近は、毎日の食事を記録をすると三大栄養素の摂取量を教えてくれるアプリもありますので、明日から食事の三大栄養素バランスに気をつけてみてはいかがでしょうか。
図3. 食事のタンパク質比率の違いが若齢および中齢マウスの体におよぼす影響
若齢中齢ともに、タンパク質比率15%(日本人の平均)の食事と比べて、タンパク質比率25-35%の食事が健康的であることが明らかになった。(文献3)