2025.9.2
2025年に入り、戦後もっとも出生数の多い第1次ベビーブームに生まれた世代(いわゆる、団塊の世代)が75歳を迎えました。今後の日本は、2040年頃に高齢者人口がピークを迎えると、高齢化率は35%に達し、普段の生活において他者とのつながりや支えの乏しい者が現在の約1.5倍にまで増加すると見込まれています。先行研究より、社会とのつながりが乏しいこと(社会的な孤立)が死亡率を高めるリスクは、飲酒や喫煙、運動不足などのよく知られた要因と同程度か、それ以上であるとも言われています。
こうした状況の中、国は2005年より、地域の自主性や主体性に基づき、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築を進めています。この地域包括ケアシステムが効果的に機能するには、地域のつながりの強化や健康づくりを目的とした活動に主体的に関わる国民の増加、そして住民同士の互助と役割の認識が欠かせません。そのため、これまで地域との接点や健康づくりの活動に関わる機会の少なかったシニア世代を中心に、一層の社会参加が求められています。
私どもは現在、シニアの健康づくりや社会参加につながる取組として、住民主体の通いの場に関する研究を進めています。通いの場は従来、行政や専門職を中心としたハイリスクアプローチの戦略が取られてきたこともあり、その取組の多くが体操や運動などのトレーニングを中心としたものでした。しかし、2014年の介護保険法改正で介護予防の取組がポピュレーションアプローチへと転換され、通いの場の取組はすべてのシニアを対象とした地域づくりによる介護予防の一環として推進されるようになりました。2018年に当研究チームが実施した通いの場の調査研究事業1)において、運営者である住民や民間企業が地域の多様な団体・組織と連携を図ることで、カフェやレクリエーション、就労的活動を展開し、シニアに限らず幅広い年齢層の住民が一緒に活動する事例がいくつも見受けられました。
さらに、2019年には「一般介護予防事業等の推進方策に関する検討会」取りまとめにおいて、シニアが地域の中で役割や生きがいを持ち、結果として介護予防につながることを重視し、年齢や性別、健康状態、興味・関心などに応じて参加できる多様で魅力的な通いの場の取組の必要性が強調されました。こうした流れを受け、私どもは通いの場を「高齢者をはじめ地域住民が、他者とのつながりの中で主体的に取り組む、介護予防やフレイル予防に資する月1回以上の多様な活動の場・機会」2)と捉え、地域の多様なニーズに応じた活動の立ち上げやプログラムの開発、そしてその社会実装に関する調査・研究に取り組んでいます。
地域の多様なニーズに応じた通いの場の取組は、どのように行われているのでしょうか。私どもは東京都介護予防・フレイル予防推進支援センターと連携し、全国各地の多様な通いの場の取組を対象に、運営者等へのインタビュー調査を通じて活動の立ち上げや維持・拡大に必要な要因を明らかにすることを試みました3)。分析の結果、「地域活動への関心が高い住民」「活動場所の確保」「活動に必要な資金や知識に関する情報」が相互に関連することで、多様な通いの場の立ち上げにつながる可能性が示唆されました。また、「固定曜日・時間帯に地域で見える活動」を継続し、「SNSなどを積極的に活用して情報発信する」ことで、その後の参加者拡大や活動継続につながっていました。一方、活動を続けていくと、「運営者の高齢化」をはじめ、「活動場所や運営資金」「参加者同士の人間関係」などの問題に直面しやすいことが分かりました。こうした事態に対しては、自治体等の相談機関やコンサルティングを上手に活用したり、他機関と連携しながら活動を進めていくことの大切さも指摘されました。
図1.多様な通いの場づくりに関連する要因
また、通いの場はその活動期間や規模に関わらず、ある活動が地域の身近なお手本となれば、そこからさらに多種多様な活動を生み出すきっかけともなります。そして、通いの場への参加を通じて人と人とのつながりやソーシャル・キャピタル(地域の信頼・規範・ネットワーク)が醸成され、そのことが結果として地域全体の健康にも好影響を及ぼすことが分かっています。そこで、通いの場づくりを地域、さらには社会全体へ波及させていくことを目標に、私どもは通いの場の推進手順(ACT-RECIPE:アクトレシピ)を提示しています4)。ACT-RECIPEとは、「理解」「調査・計画」「体制・連携」「実施」「評価」「調整・改善」の英訳頭文字を並べ替えたもの*aです。当研究チームでは2022年度より、東京都内で自治体職員や地域包括支援センターの専門職、地域住民などと協働しながらACT-RECIPEに沿って通いの場の取組を推進する研究を進めています。その一例として、これまでにCOVID-19流行下での通いの場への参加効果や、当研究チームが開発した「ちょい足しプログラム*b」5)の通いの場等への導入効果を検討してきました。
図2.ちょい足しプログラムの例(『地域で取り組む!フレイル予防スタートブック』より一部抜粋)
通いの場づくりを取り巻く課題は山積されています。例えば、どのようなきっかけや場所、プログラムであれば、これまで地域との接点が少ない男性でもより参加しやすく、さらにその活動も維持・拡大されるのでしょうか。今後は、男性高齢者を新たな社会参加の場へとつなぐ方策を段階的に計画し、それぞれの段階で生じる課題や、それらへの有効な対処法、さらには地域活動に参加した男性高齢者の健康効果をACT-RECIPEに沿って検証したいと考えています。
*a ACT-RECIPE:理解:Comprehension、調査・計画:Research and Planning、体制・連携:Team Building and Collaboration、実施:Implementation、評価:Evaluation、調整・改善:Adjustment and Improvementの並び替え。
*b ちょい足しプログラム:介護予防・フレイル予防の効果を高めるため、既存の通いの場等の活動に不足している要素(運動、栄養・口腔ケア、社会参加)を無理なく付加するためのプログラム。
1)東京都健康長寿医療センター研究所.平成30年度老人保健事業推進費等補助金 老人保健健康増進等事業「官民共同による地域の実情に応じた 特徴的な通いの場等の立ち上げに関する調査研究事業」報告書
https://www.tmghig.jp/research/info/cms_upload/519c009723d80d79201664bfa71c5108_1.pdf
https://www.tmghig.jp/research/info/cms_upload/3cd74733cf4654dcebbcb609db2dc2ba_1.pdf
2)植田拓也,倉岡正高,清野 諭,小林 江里香,服部真治,澤岡詩野,野藤 悠,本川佳子,野中久美子,村山洋史,藤原佳典.介護予防に資する「通いの場」の概念・類型および類型の活用方法の提案.日本公衆衛生雑誌:69(7),497-504,2022.
https://www.jsph.jp/docs/magazine/2022/07/69-7_p497.pdf
3)東京都健康長寿医療センター研究所 東京都介護予防・フレイル予防推進支援センター.
「実践事例から紐解く、多様な通いの場推進のしおり」.
https://www.tmghig.jp/research/team/cms_upload/d61e4c6f46a8537747a7f7653b22a056_3.pdf
4)東京都健康長寿医療センター研究所.令和3-4年度厚生労働科学研究費補助金長寿科学政策研究「PDCAサイクルに沿った介護予防の取組推進のための通いの場等の効果検証と評価の枠組み構築に関する研究」成果物「PDCAサイクルに沿った「通いの場」の取り組みを推進するための手引き(自治体向け)」
https://www.tmghig.jp/research/team/cms_upload/PDCA%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AB_%E6%89%8B%E5%BC%95%E3%81%8D.pdf
5)東京都健康長寿医療センター研究所 社会参加とヘルシーエイジング研究チーム.フレイル予防スタートブック
https://www.healthy-aging.tokyo/startbook