2025.10.10
高齢者認知症は2022年時点で約400万人が罹患し、今後もますます多くの方が罹患すると予測されている、本邦全体で克服すべき大きな疾患の1つです。
当研究室では、病理解剖により脳を病理学的に解析した結果に基づき、高齢者認知症の中でも、特に嗜銀顆粒性認知症を中心に研究を行ってきました。
嗜銀顆粒(argyrophilic grain)は1987年、Braakらにより発見された鍍銀染色の1つであるGallyas染色で認められる顆粒状、勾玉状を呈する構造物です1。肉眼的な脳の観察では扁桃体の萎縮が見られ、組織学的検索では扁桃体の神経細胞脱落が特徴です(図1)。嗜銀顆粒によって認知症が引き起こされたと考えられる場合、嗜銀顆粒性認知症と臨床病理学的に診断します2-4。臨床的には,アルツハイマー病で見られる記憶力の低下が特徴ですが、アルツハイマー病と比べて高齢発症であること、進行が非常に緩徐であることが特徴です。また、しばしば易怒性(怒りっぽくなる)、脱抑制(感情を抑えきれなくなる)も見られます5。しばしば言われる"年を取ると頭が固くなり怒りっぽくなり物忘れが出てくる"という症状の原因の1つかもしれません。長谷川式認知機能スケールを提唱された長谷川博士も本疾患と診断されています6。頭部形態画像では扁桃体の萎縮を認め、しばしば左右差が見られます3。当部門の齊藤らは2004年に嗜銀顆粒は高齢者ブレインバンク連続剖検コホート1241例中449例 (36.2 %)に見られ、嗜銀顆粒性認知症はこのうち50例 (4.5 %)に認めたと報告しました2。同時に提唱された嗜銀顆粒の進展様式のステージング(Saito Stage)は、現在も国際的に幅広く認知されています。その後、当部門の足立らが発表した2010年の研究の観察期間中にも、653例中304例(46.5%)に嗜銀顆粒がみられ7例(1.1%)が嗜銀顆粒性認知症と診断されています3。
嗜銀顆粒はこれまで認知症との関連が主に研究されてきましたが、少数例の症例報告を主体として運動障害(パーキンソニズム)との関連もこれまで指摘されていました7-13。一方で、嗜銀顆粒性認知症の患者さんにどの程度の頻度で運動障害が見られるか、また、その背景病理は明らかにされていませんでした。今回、2012年10月から2022年9月までの高齢者ブレインバンク連続剖検コホート444例から得られたデータをもとに、これらの課題を検証しました。
図1:嗜銀顆粒性認知症の病理像・画像所見
(A): 肉眼観察では扁桃体(矢印)の著明な萎縮がみられる。
(B): 顕微鏡を用いた組織標本の観察では、神経細胞脱落を認める。
(C): 多数の嗜銀顆粒がGallyas染色で同定される。
(D): 頭部MRIでは両側性の扁桃体萎縮を認め、しばしば左右差を伴う。
嗜銀顆粒は444例中227例(51.1 %)に見られ、このうち20例(4.5%)が嗜銀顆粒性認知症と診断され、これまで当部門から報告した頻度と大きな変わりはありませんでした。20例のうち6例(30%)には生前パーキンソニズムが見られ、この数値は、従来特徴とされてきた、易怒性(6例)、脱抑制(3例)にも匹敵し、パーキンソニズムが嗜銀顆粒性認知症の新たな臨床像の特徴である可能性が示唆されました(図2)14。この6例は生前神経内科医の神経学的診察を受け、3例は進行性核上性麻痺、2例は認知症を伴うパーキンソン病、1例はレビー小体型認知症と診断されていました。これらのことから、嗜銀顆粒性認知症はパーキンソニズムと認知症を呈する高齢者の鑑別診断の1つになることが示唆されました。また、パーキンソニズムの特徴としては、パーキンソン病の4徴とされる姿勢反射障害、筋強剛、振戦、無動のうち、特に姿勢反射障害が目立つことが明らかになりました14。
図2:嗜銀顆粒性疾患の臨床像
パーキンソニズムは20例の嗜銀顆粒性認知症症例中6例に見られ、
易怒性の見られた症例数に合致した。脱抑制は3例に見られた。
これまで嗜銀顆粒性認知症で見られたパーキンソニズムの背景病理は明らかにされてきませんでしたが、一因にはパーキンソン病や進行性核上性麻痺で見られる、黒質の神経細胞脱落が軽度にとどまる点が課題でした。
そこで、パーキンソニズムを伴うアルツハイマー病の先行研究15,16に注目し、1.黒質線条体系の機能障害を、サロゲートマーカーとなるドパミントラスポータ免疫染色の染色性が低下している17こと、2. 黒質のリン酸化タウの蓄積がパーキンソニズムの発症に関わること、の2点を示すことにしました。前者については、パーキンソニズムを呈した嗜銀顆粒性認知症では、健常対照群と比較し生前ドパミントランスポータシンチでの集積低下がみられること、被殻のドパミントランスポータ免疫染色の染色性が低下していることを示し、後者については、先に述べた20例の嗜銀顆粒性認知症のうち、パーキンソニズムを呈した症例の方が呈さなかった症例よりも黒質では嗜銀顆粒の蓄積が多いことを示しました。(図3) これらのことから、我々はパーキンソニズムを呈した嗜銀顆粒性認知症では、黒質へ嗜銀顆粒が進展し、それが黒質線条体の機能障害を引き起こすと考えました14。
図3:パーキンソニズムを呈した嗜銀顆粒性認知症の病理像・画像所見
(A):ドパミントランスポータシンチでは両側基底核の集積低下を認める。
(B)(C): ドパミントランスポータ免疫染色では、正常コントロール(B)と比べて染色性が低下している(C)。
(D): 肉眼観察では黒質の軽度脱色素を認める。
(E): 神経細胞脱落を軽度認め、メラニン貪食像を認める(インセット)。
(F): Gallyas染色陽性の嗜銀顆粒。
(G): リン酸化タウ免疫染色陽性の嗜銀顆粒。
本研究トピックスでは、嗜銀顆粒性認知症についてこれまで当部門から行ってきた研究内容をご紹介いたしました。嗜銀顆粒性認知症に特徴的な生前の臨床像、画像所見はまだ十分に探索されているとは言えません。引き続き、生前診断率の向上や疾患特異的なバイオマーカー、生前画像所見の特徴の探索についてさらなる研究を進めて参りたいと考えています。
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6. 認知症医療の第一人者が認知症に... 長谷川和夫医師「明るい気持ちで生きていく」.産経新聞.2018/03/28,産経ニュース,https://www.sankei.com/article/20180328-4ZVJBMFXMRIHPJKNJUEPLRJCJI/ (参照 2025/06/27).
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