2025.11.5
世界の先頭に立って「人生100年時代」を経験する現在の日本は、高齢者が豊かに暮らすための方法を考えて、自分たちの手で社会課題を解決していかなければなりません。65歳以上の高齢者の約5人に1人には認知症があるとされ、認知症があっても幸せに生きられる社会をつくることは国を挙げた大きな挑戦です。2024年に施行された共生社会の実現を推進するための認知症基本法では、その挑戦に国が責任もって取り組むことを国民に約束しました。
認知症によって、記憶力や判断力などの認知機能の低下が生じると、社会生活や家庭生活に困難が生じます。そのため、見守りや助言、家事援助、身体介護などの支えが必要となり、その支えの必要量は認知症の進行と共に増えていきます。これまで、認知症のある人は、同居家族による有形無形の支えを前提にしながら医療・介護サービスを利用するか、介護施設などに住み替えることで、その支えを得て暮らしてきました。しかし、家族の在り方は大きく変化して、認知症のある人がひとり暮らしをするケースが増えています。公式なデータはありませんが、認知症のある人の20〜30%はひとり暮らしをしていると推算されます。家族が近所に住んでいて手厚くサポートする場合もありますが、近所に住んでいても疎遠な家族、身寄りのない人など、ひとり暮らしもさまざまです。
ひとり暮らしをする認知症のある人たちは、いまの暮らしを続けたいと願いながらも、多くの生活上の困難に直面しています。例えば、毎日の食事のためには、歩いて買い物に行き、支払いをして、料理をして、食べ、その後には洗いもの、ゴミのまとめ、ゴミ出しなど、多くのことを行わなければなりません。長年続けた暮らしの営みを大切にしたいのですが、一連の行動には、記憶や計算、判断などの認知機能を使うため、すなわち、認知症があると大なり小なりの支えを要します。望んだ暮らしを続けるための支援ニーズがひとり暮らしの場合には満たされにくいことがわかっています。
生活を支える医療・介護サービスの提供者にとって、認知症のある人のひとり暮らしの支援は非常に困難なものです。例えば訪問サービスは1回1時間など時間で区切って行いますので、支えの必要量を満たすことに苦労します。また、訪問時間以外の時間にはどのような生活をしているのか分からず、同居家族から詳細を聞いて補うこともできません。そのため、その人がひとりでいる時間に安全な生活が送れているか心配の種はつきません。さらに、入院が必要になっても、本人が判断できない場合や拒否する場合もあり、時間をかけて説得したり、本人の考えと医学的な判断の乖離に葛藤することもあります。
認知症のある人のひとり暮らしの支援は認知症ケアの応用編とも言えますが、どう支援すればよいのか、指針になるガイドがこれまでありませんでした。現場の医療・介護職の方々は、手探りで方法を編み出し、経験に頼って支援を続けていました。自らの実践から学ぶことはプロフェッショナルの資質として非常に大切ですが、それだけでは医療・介護業界全体の底上げにつながりません。そのため、私たちの研究チームは、現場の知識や経験を集約して、認知症のある人のひとり暮らしを支えるための実践ガイドを作成することにしました。ただし、医療や介護の職種によって役割が異なるので、全ての職種の実践ガイドを作る膨大な作業は現実的ではありませんでした。今回は、専門性が医療・介護にまたがる訪問看護の役割に注目して、訪問看護師が何をどのように実践すればよいかチェックリストを作成し、支援のポイントをまとめました。訪問看護の実践ガイドではありますが、他の医療・介護職にも当てはまる部分は多いはずです。
実践ガイドは、4つのステップからなり、ステップを行き来しながら支援を進めていく形にしました。
ステップ1:利用者の暮らしに入り込み、対話を重ねながら関係性を築く(4項目)
ステップ2:利用者のことを全人的に理解し、心身状態や生活状況をアセスメントする(6項目)
ステップ3:多職種と協働しながら、個別性のある支援を行う(5項目)
ステップ4:経過を見通した判断と、意思決定支援を行う(3項目)
4つのステップの中には複数のチェック項目があり、それらを一つずつ実践することが認知症のある人のひとり暮らしを支えることになります。各項目の解説には、どんな工夫をするとよいか、エキスパートの知恵をふんだんに取り入れた「実践のためのヒント」をまとめました。
例えば、チェック項目の一つに、「生活状況に対する本人の考えや気持ちを聞き、他の支援者からの情報と重ね合わせて、本人の望むことや困りごとを理解する」という項目があります。生活に対する本人の考えを理解する、という基本的な実践なのですが、現実は、認知症のために本人が上手に伝えられなかったり、ひとり暮らしに干渉されたくないために本音を話さなかったり、簡単ではありません。実践のためのヒントは、「困りごとだけでなく望むことを聞く」、「こうあるべきだという自分自身の中の無意識の思い込みに注意する」、「他の支援者と共有して多角的に把握する」という3つを挙げて解説しました。本人としっかり向き合ってコミュニケーションをとることが大切で、断片的な情報を得て分かったつもりになったり、訪問看護師自身の考えで決めつけたりしないように注意を促しています。
実践ガイドは全国訪問看護事業協会と共同で作成しました。完成した実践ガイドは当センターと同協会のウェブサイトで無料公開しています(https://www.tmghig.jp/research/publication/houmon-kango/)。また、製本した実践ガイドを同協会の会員である約9000の訪問看護ステーションに郵送配布しました。一人でも多くの訪問看護師の方々に手に取っていただいて、実践に役立てていただきたいと考えています。ありがたいことに、配布後には講演の依頼をいただいたり、追加の配布希望の連絡をいただいたり、少なくない反響がありました。全国の訪問看護師の方々が自信を持って実践して、ひとり暮らしをする認知症のある人が安心して暮らすための支えになることを願っています。