ソーシャルインクルージョン

メンバー

リーダー 研究部長 井藤 佳恵
研究員 津田 修治、菊地 和則、池内 朋子
非常勤研究員 肥田 あゆみ
協力研究員 小野 真由子

キーワード

社会的包摂(social inclusion)、健康の公平性(health equity)、地域における認知症ケア、臨床倫理、権利擁護、多職種連携教育、ソーシャルワーク、ウェルビーイング、エンドオブライフ

主な研究

当研究テーマでは、複雑困難状況にあり、社会的に周縁化されやすい高齢者に焦点をあて、彼らを支援するために必要なフォーマルサービスのあり方を明らかにする研究を行っています。彼らを包摂する地域包括支援システムの実現を目指して、以下の研究課題に取り組んでいます。

1. 地域で暮らす複雑困難状況にある高齢者の心理社会的健康に関する研究

1-1 受援に対する心理的抵抗が大きい高齢者に関する研究
「客観的には必要と考えられる社会資源につながっていない」という状況があります。情報へのアクセスが悪いこと、利用支援をしてくれるネットワークがないこと、経済的なこと、さまざまな要因が考えられます。必要な社会資源の利用を妨げるひとつの要因と考えられる「受援に対する心理的抵抗」に着目した研究を行っています。

  ・地域社会の人間関係が希薄なまま認知症になった男性高齢者の外出・参加の支援
  ・地域在住高齢者が最期まで自分らしい暮らしを実現するための支援の検討
  ・高齢者の「迷惑をかけたくない」という思いに関する研究

1-2 高齢者の心理的健康に関する研究
高齢者の心理的健康に関する研究では、高齢者の心理的健康とアイデンティティの関係に着目しています。エリクソンは老年期の心理社会的課題として自己統合を、心理社会的危機として絶望・孤独を挙げています。この、心理社会的発達理論を発表された20世紀半ば以降も、人々の寿命は伸び続け、健康寿命も延伸しました。
ですが一方で、老年期には疾病や障害を回避しきることはできず、そして人は、死を回避することができません。高齢者の心理的健康について考えるとき、心身の機能低下を抱えながら引き延ばされた老年期を生きる、現代の高齢者のアイデンティティに関する知見を積み上げていく必要があると考えています。

  ・年齢アイデンティティと時間展望に関する研究
  ・高齢者の「感謝」感情に関する研究

2. 地域で暮らす複雑困難状況にある高齢者の地域における支援体制に関する研究

2-1地域の認知症支援体制に関わる専門職の支援に関する研究
国際アルツハイマー病協会が2022年に発表した報告書は、「診断後支援が提供できないのであれば、診断を受けることを推奨すべきではない」という一文で始まっています。適切な診断後支援は、今や、認知症医療の中核的な事項と考えられます。この研究では、地域の認知症支援体制のなかで、フォーマルサービス提供者である専門職に「求められる役割」と、それぞれの専門職「特性」に適した、診断後支援のあり方を提案します。

  ・認知症の診断後支援に関する調査研究
  ・成年後見制度に関する調査研究

2-2行政機関に把握される高齢者困難事例に関する研究
高齢者困難事例への対応は、地域保健のなかの大きな課題です。ですが「地域における困難事例」系統的な研究は、ほとんど行われてきませんでした。
「困難事例への対応」を考えると、まずそこにある課題として、「困難事例」という用語が、支援者が支援困難感をもつケースをさして用いられる、ことがあります。そのため、なにをもって困難と感じるかは、支援者のスキルや経験に左右されるところが大きく、また、「困難事例」が支援者の視点で定義され、そのため、支援者にとって都合のよいソーシャルワークが行われる傾向にあることも、大きな課題と考えられます。「困難事例」を、「支援者が抱える支援困難感」ではなく、「高齢者本人が抱える困難」という視点から定義しなおし、本人のwell-beingへの還元を目的とした支援のあり方に関する研究が必要と考えています。

  ・認知症等高齢者困難事例のアウトリーチ型支援体制に関する調査研究
  ・認知症高齢者の行方不明に関する調査研究

研究紹介

地域で暮らすいわゆる高齢者困難事例に関する研究ー分析的枠組みの開発ー

「困難事例」という言葉があります。一義的には定義されませんが、一般に、「客観的には支援ニーズがあるが、他者に介入されることに対する心理的抵抗が強く、支援者にとって接近が困難で、通常のマニュアルに沿った支援が困難な事例」を指して用いられる言葉です。つまり「困難事例」とは、支援者がもつ支援困難感に焦点があてられた言葉です。本来は、高齢者の側がもつ困難によって定義されるべきではないでしょうか。

高齢者が抱える困りごとの多くは複雑に絡まっています。認知機能の低下や生活障害を抱え、身体疾患を抱え、経済的にも困窮している、周りに相談できる家族や頼れる人がいない。何をどうしたら少しでも生きやすくなる可能性があるのか、専門職であっても有効な支援方策を打ち出すことが難しいことがあります。
そこで、本研究では高齢者の困りごとを、大きく以下の5つに分類し、「考える枠組み」をつくりました。

  • A.精神的健康の課題
    認知症やその他の精神疾患が、診断されていなかったり、治療につながっていないことが、周囲の人たちとの関係を難しくしていて、生活しづらくなっている
  • B.身体的健康の課題
    身体疾患について、診断されていなかったり、治療につながっていない、適切な健康管理ができていない、あるいは医療機関とのトラブルがあること等が身体的健康に影響を与えていて、生活しづらくなっている
  • C.家族の課題
    身寄りがなかったり、家族介護者にも支援ニーズがあったり、虐待が疑われる等、家族の介護力が本人の介護ニーズを満たすことができないために生活しづらくなっている
  • D.近所づきあいの課題
    近隣トラブルなどがあり、生活しづらくなっている
  • E.金銭トラブル
    借金、家賃・電気代や税金等の滞納のため、ライフラインが止められたり、家を失ったり、必要なサービスが受けられない等、生活が立ち行かなくなっている

この枠組みを使うことで、「高齢者困難事例」と呼ばれる人たちが抱えている課題の複雑さや重さを、共通の基準で整理することができるようになります。共通の基準をもつことで、多職種チームのなかで課題を整理し、支援方策を検討することに役立つと考えています。

Ito K, Okamura T, Tsuda S, Ogisawa F, Awata S. Characteristics of complex cases of community-dwelling older people with cognitive impairment: A classification and its relationships to clinical stages of dementia. Geriatr Gerontol Int. 2022;22:997-1004. doi: 10.1111/ggi.14494

認知症高齢者の行方不明に関する研究

警察庁の統計によると、2012年の行方不明者のうち認知症を持つ方が約1万人を占め大きな社会問題になりました。
認知症の行方不明者数は年々増加し、2021年には1万7,636人に達しています。
日本における認知症者は2025年に約700万人と予想されており、多くの方にとって認知症の行方不明は身近な問題です。

認知症による行方不明の研究は国内外を見てもまだ少なく、行方不明の実態、想定される危険、対策などを明らかにすることを目的として研究を行っています。

いかに捜索の初動を早くするかがカギ
行方不明になってから3日目以降は生存可能性が急激に低くなります。死因の多くは溺死と低体温症です。
そのために何より大切なことはすぐに捜索を始めることです。「行方不明では?」と気づいたら、すぐに警察に行方不明者届を提出し捜索を開始する必要があります。

各市町村の対策について
行方不明対策は、警察の捜索と自治体の施策が両輪となって動いています。
日本には市町村が1741ヵ所あり、各自治体の行方不明者対策はさまざまです。条例まで制定している自治体がある一方で、行方不明者数を把握していない自治体もあります。体制整備が遅れている自治体をどのように支援していくのかも重要な課題の一つです。

高齢者の「迷惑をかけたくない」思いの研究

多くの高齢者の方が「迷惑をかけたくない」という思いを頻繁に口にします。ある時ふと「彼らの思いの背景には何があるのだろう」と疑問に感じました。

周りの人に迷惑をかけたくないという思いは、言い換えれば、周りの人への配慮です。周りの人への配慮が自身のニーズよりも優先されてしまうと、QoL(クオリティ・オブ・ライフ)や well-being(幸福感)の低下につながることがあります。

そこで本研究では、高齢者の「迷惑をかけたくない」思いの背景と、その思いに関連する要因(たとえば、孤立のリスクなど)を考えるための調査を行っています。

「迷惑をかけたくない」思いに包まれた3つの意識
「迷惑をかけたくない」思いは、相手がいなければ発生しません。このため、この思いの中に以下の三つの意識が内包されているのではと仮説を立てました。

   ① 他者との関係悪化への懸念
   ② 権利意識の希薄さ
   ③ 自立意識

調査からみえてきた、高齢者の「孤立リスク」
調査結果から、以下の「孤立リスク」を危惧しています。

   ・支援への躊躇や自らの行動を抑制することにつながり、セルフ・ネグレクトを引き起こす可能性が高い
   ・必要な支援を得られずに、結果的にQoL(クオリティ・オブ・ライフ)や well-being(幸福感)が低下する
   ・対人関係の希薄化やネガティブ感情(心配や恐怖心)の増加にも影響

認知症高齢者が自分らしく健康な生活を送るための診断後支援の研究

認知症の診断を受けた方にとって、診断直後の時期はとても大切です。診断を受け止めて、これまで築いてきた生活や習慣を維持したり、あるいは生き方を見直して生活を再構築したり、その時期の過ごし方がその後の生活を大きく変えるためです。

認知症の診断をした診療所では、検査して薬を処方する従来の役割に留まらず、診断を受けた方に提供する支援をアップデートする必要があるのでは?と考え、本研究では「診療所における認知症のある方々のサポートプログラム」作りを行っています。

認知症のステージと平均17ヶ月の「空白期間」
一般に認知症は、初期・中期・後期の3つのステージに分類され、ステージ毎に状態が異なります。
初期は「診断を受け止め、障害に向き合う力」があるため、この時期に「認知症になった自分を受け入れ、障害とともに自分らしく生きる方法」を身につけることが、その後の時間の質を左右します。
しかし、近年の調査では、診断後の大切な時期に適切な支援を受けていない可能性が指摘されています。認知症の診断後に地域にある適切な社会的支援にたどり着くまで平均17ヶ月の「空白期間」があることがわかりました。

診療所としてどんな支援ができるのか
その「空白期間」の間にも、多くの方は診療所に通院して認知症の薬を受け取っています。地域では、認知症とともに生きる方々をサポートするための『認知症カフェ』や『家族会』など社会的支援が整ってきており、認知症の診断を受けた方たちが、それらにたどり着くことをサポートできる機関として診療所の役割に改めて期待が高まっています。

現在、研究の第一段階として診療所のドクターにアンケート調査を行っています。アンケートを通して、診療所に共通した取り組みや、それぞれ独自の工夫があることがわかりました。
今後は認知症の診断を受けた方々を対象に、「どんな支援を受けていますか」「どんな社会リソースを使っていますか」「あなたにとってのwell beingとは何か」をヒアリングしていく予定です。
それらの調査結果をまとめて、「診療所における認知症のある方々のサポートプログラム」を作ります。プログラムは、認知症の診断を受けた方々が、診断を受容して自分らしく生活するために、診療所が提供する支援をアップデートするものです。

主要文献

  1. Ito K, Okamura T, Tsuda S, Ogisawa F, Awata S. Characteristics of complex cases of community-dwelling older people with cognitive impairment: A classification and its relationships to clinical stages of dementia. Geriatr Gerontol Int. 2022;22:997-1004. doi: 10.1111/ggi.14494
  2. Ito K, Okamura T, Tsuda S, Awata S. Diogenes syndrome in a 10-year retrospective observational study: An elderly case series in Tokyo. Int J Geriatr Psychiatry. 2022;37(1). doi:10.1002/gps.5635
  3. 齋藤正彦, 井藤佳恵編. 私たちの医療倫理が試されるときー自己決定・自己責任論を超えてー (株)ワールドプランニング; 2021.
  4. 井藤佳恵. 意思が確認できないと感じる患者の看取りー医師の立場から. In: 田代誠, 石田正人, 田辺有理子, 白石美由紀, eds. 精神に病をもつ人の看取り : その人らしさを支える手がかり. 精神看護出版. 2021:56-64.
  5. Ito K, Okamura T, Awata S, et al. Factors associated with psychological well-being among nonagenarians: Well-being in the era of 100 years of life. Geriatr Gerontol Int. 2022;22(4):364-366. doi:10.1111/ggi.14359
  6. Kikuchi K, Ijuin M, Awata S, Suzuki T. Exploratory research on outcomes for individuals missing through dementia wandering in Japan. Geriatr Gerontol Int. 2019;19(9):902-906. doi:10.1111/ggi.13738
  7. 菊地和則, 大口達也, 池内朋子, 粟田主一. 独居認知症高齢者の行方不明の実態 150事例からの報告. 老年精神医学雑誌. 2021;32(4):469-479.
  8. Kikuchi K, Ooguchi T, Ikeuchi T, Ito K, Awata S. Current status and issues of missing older persons with dementia living alone in Japan. Geriatr Gerontol Int. 2022;22(8):684-686. doi:10.1111/ggi.14434
  9. 菊地和則, 大口達也, 池内朋子, 粟田主一. 独居認知症高齢者の行方不明に対する市町村の取り組みに関する研究報告書. 2021:1-182.
  10. 菊地和則, 大口達也, 池内朋子, 粟田主一. 厚生労働科学研究費補助金認知症政策研究事業独居認知症高齢者等が安全・安心な暮らしを送れる環境づくりのための研究 令和3年度総括・分担研究報告書,12.独居認知症高齢者等の行方不明対策に関する研究. 2022:95-98.
  11. 池内朋子, 小野真由子, 長田久雄. 対人関係における高齢者の「迷惑をかけたくない」思い:文献研究による検討. 応用老年学. 2022;16(1):89-98.
  12. Ikeuchi T, Taniguchi Y, Abe T, et al. Pet Ownership and the Future Time Perspective of Older Adults. GeroPsych: The Journal of Gerontopsychology and Geriatric Psychiatry. 2022;35(4):226-233. doi:10.1024/1662-9647/a000298
  13. Ikeuchi T, Taniguchi Y, Abe T, et al. Association between Experience of Pet Ownership and Psychological Health among Socially Isolated and Non-Isolated Older Adults. Animals. Animals. 2021;11(3):595. doi:10.3390/ani11030595
  14. Tsuda S, Jinno M, Hotta S. Exploring the meaning of journal writing in people living with dementia: a qualitative study. Psychogeriatrics. 2022;22(5):699-706. doi:10.1111/psyg.12872
  15. Tsuda S, Inagaki H, Sugiyama M, et al. Living alone, cognitive function, and well-being of Japanese older men and women: a cross-sectional study. Health Soc Care Community. (in press)
  16. Tsuda S, Inagaki H, Okamura T, et al. Promoting Cultural Change Towards Dementia Friendly Communities: A Multi-level Intervention in Japan. BMC Geriatrics. 2022;22:360. doi:10.1186/s12877-022-03030-6
  17. 小野真由子, 藤野秀美, 横井郁子, 長田久雄. 高齢者における「感謝」の研究の文献レビュー:ウェルビーイングおよび精神的健康との関係に着目して. 応用老年学. 2021;15(1):75-85.