2025.5.8
糖鎖とは、その名の通りグルコースやガラクトースなどの糖が鎖状につながったものです(図1)。
図1 体内に存在する様々な構造の糖鎖
糖鎖に使われる糖は約10種類であり、糖の種類やつながり方、長さなどの違いから、非常に多様な構造の糖鎖が存在しています。糖鎖は核酸やタンパク質と並んで第三の生命鎖と呼ばれる重要な生体成分であり、多くの場合、タンパク質や脂質などに結合して、その性質を変化させることで、安定性や機能などを調節しています。また、ヒアルロン酸のように糖鎖単独で存在するものもあります。核酸やタンパク質とは異なり、糖鎖には鋳型(設計図)がないので、細胞内でどのような構造の糖鎖が合成されるかは、生体内の環境(加齢、ストレス、栄養状態など)によって異なってきます。最近の研究から、実際に加齢に伴って糖鎖の構造や量が変化することが明らかになりつつあります[1, 2]。糖鎖が変化すると、タンパク質や脂質の機能変化につながることから、加齢関連疾患のリスクになります。しかし、加齢による糖鎖変化の全体像や、糖鎖が変化するメカニズムについては、まだよく分かっていません。
体の中で糖鎖が合成される際、ガラクトースなどの糖が一つずつ、糖転移酵素という酵素によって付加されてつながっていきますが、糖転移酵素は糖をそのまま使うことはできず、糖とヌクレオチドが結合した「糖ヌクレオチド」となったものを利用します(図2)。
図2 糖ヌクレオチドは、糖鎖が合成される時の材料となる。(上)糖鎖の合成反応の一例。糖転移酵素が、糖の供与体(ドナー基質)である糖ヌクレオチドから糖を一つずつ結合させることで、糖鎖が合成される。図では、例としてウリジン二リン酸-ガラクトース(UDP-ガラクトース)を糖ヌクレオチドとして利用し、ガラクトースを結合させる反応を示している。(下)UDP-ガラクトースの構造。
ヌクレオチドは、DNAやRNAといった核酸を構成する単位でもあり、塩基(グアニン、シトシン、ウラシルなど)と五炭糖(リボースなど)、及びリン酸が結合したものです。糖ヌクレオチドには、ウリジン二リン酸(UDP:Uridine diphosphate)、グアノシン二リン酸(GDP:Guanosine diphosphate)、シチジン一リン酸(CMP:Cytidine monophosphate)といったヌクレオチドが使われます。糖ヌクレオチドの産生には、糖やアミノ酸、脂質、核酸といった様々な物質の代謝が密接に関わっていることから(図3)、食事や加齢、疾患などのように代謝が変わる環境では、糖ヌクレオチドの産生量や量比に影響すると考えられます。
図3 糖ヌクレオチドの合成経路。今回解析した糖ヌクレオチドを赤四角で囲んだ。
原料である糖ヌクレオチドの量が変化すれば、当然ながら糖鎖の合成にも影響して糖鎖の構造や量が変化すると考えられます。そこで私たちは、加齢と糖ヌクレオチド量の関係について調べることにしました。
私たちはマウスを用いて、様々な臓器に含まれる糖ヌクレオチドの量を調べました[3]。最近私たちは、哺乳動物における新たな糖ヌクレオチド(CDP-リビトール及びCDP-グリセロール)を発見しており[4, 5]、これらを含む糖ヌクレオチド全般を解析できる新しい測定法の構築を行いました。臓器中の糖ヌクレオチドは、微量な成分です。そこで、高感度で正確な測定が可能な液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS:Liquid Chromatography-Mass Spectrometry)を用いた糖ヌクレオチドの測定方法を開発しました。LC-MSは、物質を液体クロマトグラフィーによって固定相と移動相との相互作用の差で分離した後、質量分析計によって物質の質量を測定する方法です。これにより、12種類の糖ヌクレオチド(UDP-グルコース、UDP-ガラクトース、UDP-N-アセチルグルコサミン、UDP-N-アセチルガラクトサミン、UDP-グルクロン酸、UDP-キシロース、GDP-マンノース、GDP-フコース、CMP-N-アセチルノイラミン酸、CMP-N-グリコリルノイラミン酸、CDP-リビトール、CDP-グリセロール)を測定できる分析系を構築しました。この手法を用いて、7ヶ月齢(若齢)と26ヶ月齢(老齢)の雄マウスから採取した7種類の臓器(脳、肝臓、心臓、骨格筋、腎臓、肺、大腸)における糖ヌクレオチドの量を測定しました。解析する中で、若齢、老齢に関わらず、これら7種類の臓器の間には糖ヌクレオチドの量や組成に違いがあることが分かってきました。例えば、腎臓ではUDP-グルクロン酸が多く、脳ではUDP-グルコースが多い、といった特徴が明らかになりました。このような臓器間の違いは、臓器ごとに必要な糖鎖の種類や量の違いを反映していると考えられます。
上述の7種類の臓器における糖ヌクレオチドの加齢変化を解析した結果、それぞれの臓器に特徴的な変化が起きていることが分かりました。特に、腎臓ではUDP-グルクロン酸が顕著に減少しており、大腸でもUDP-グルクロン酸の減少傾向が見られました。また、脳ではUDP-N-アセチルガラクトサミンが減少しており、UDP-グルコース、UDP-ガラクトース、UDP-N-アセチルグルコサミンについても減少傾向が明らかになりました(図4)。
図4 マウス腎臓、大腸、脳における糖ヌクレオチド含量の加齢変化。腎臓ではUDP-グルクロン酸が顕著に減少し、大腸でも同様の傾向が見られる。脳ではUDP-N-アセチルガラクトサミンが減少し、 UDP-グルコース、UDP-ガラクトース、 UDP-N-アセチルグルコサミンにも減少傾向が見られる。n=4, *P<0.05
前述のように、腎臓はUDP-グルクロン酸が多く、脳はUDP-グルコースが多いという特徴がありますが、興味深いことに、加齢によってこれらの糖ヌクレオチドが減少していたのです。特定の臓器で含有量が多い糖ヌクレオチドは、その臓器に必要な糖鎖をたくさん作るために多く合成されていると考えられます。そのため加齢によってその糖ヌクレオチドが減少すると、必要な量の糖鎖を合成できなくなり、臓器の機能低下につながることが予想されます。
私たちの研究により、加齢に伴って様々な臓器で糖ヌクレオチド量の変化が起きていることが明らかとなりました。こうした糖ヌクレオチドの変化は、加齢に伴う糖鎖変化の原因となる可能性があります。例えば、UDP-グルクロン酸は細胞外マトリックスの構成成分であるグリコサミノグリカン(ヒアルロン酸やへパラン硫酸、コンドロイチン硫酸など)という糖鎖の合成に使われますが、腎臓において加齢に伴いへパラン硫酸が減少することが報告されており[6, 7]、加齢腎臓におけるUDP-グルクロン酸の減少がその原因である可能性があります。また、加齢脳で減少が見られたUDP-N-アセチルガラクトサミンやUDP-グルコース、UDP-ガラクトースは、脳に多く含まれる糖脂質であるガングリオシド(シアル酸を含むスフィンゴ糖脂質)の合成に使われます。加齢に伴い脳のガングリオシド含有量が低下することが報告されていますが[8, 9]、これには加齢脳におけるUDP-N-アセチルガラクトサミンやUDP-グルコースなどの減少が関わっているのかもしれません。今後は、私たちが見出した糖ヌクレオチド変化が実際にどのような糖鎖変化を引き起こすのか、また、そうした糖鎖変化が加齢に伴う臓器の機能低下とどのように関わっているかを明らかにし、老化の新たな分子機構を解明することで、健康寿命の延伸につなげたいと考えています。
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